祖父母の法事でひと月に2回も帰省することとなった。
息子が生まれてからは、だいたいいつも金曜の午後に出発して日曜の夕方に東京に戻っている。 ひとり身だった頃は、用のある当日に帰って、翌日の午前中に東京に戻ってきたりしていた。 今は少しでも、息子を見る目が多い方が良いと思っている。 金曜日の朝、息子に「保育園に行って給食食べてお昼寝したらお迎えに行って一度マンションに戻って荷物を置いてそしたら電車に乗って乗り換えて新横浜に行って新幹線ひかりスーパーエクスプレスに乗って豊橋まで行ったら東海道線で蒲郡まで行くよ!」と早口で滔々と何度か話しておく。 言い聞かせ納得させておくことは、今の息子にとって重要なことである。 今回は説明の通り、道中始終スムーズに地元蒲郡までたどり着くことができた。 ついでに、夜ご飯は焼き鳥屋の「鳥貴族」に行き唐揚げとポテトを食べることも伝えていたので、居酒屋にもスムーズに入ってくれた。 前回来たとき、鳥貴族に行くことは伝えておらず、けいこの家に直行するものと思っていた息子は大激怒して大変だった。 私も過去の失敗を活かしてできうる対応を取るが、如何せん息子は日々常に何かしら成長を遂げていて、つい先日のケースが全く当てはまらずに対処法をとったにも関わらず惨敗することもある。 だから、対処法を適切に遂行するのかどうかさえも対処法として怪しいと言える。 今回は、行きの道中に関しては成功したものの、おそらくそれは彼の中でも何度もしている体験だったのでイメージしやすかったというのもある、かつてない大癇癪にも見舞われた。 お坊さんが来てお経をあげていただいた後、会食場に移動するべく貸し切りのバスに乗る予定だった。 それまでごろごろとタブレットを見ていた息子は、途端に皆がバスに乗り始めてざわついたことに一気に気分を崩してしまった。 「バスに乗らない!!!!!!ぎゃーーーーー」とは言ったが、乗るほかないので、私がびちびち跳ねる息子を抱きかかえてバスに乗車。 それでも息子のパニックは収まらず、バスの中で這いずり回り、逃げる息子と引っ張る私で大勝負。 ひと昔前はスーパーやおもちゃ売り場でこのような光景をよく見かけたものだと思うが、最近は本当にあまり見かけなくなった。 先日も同じような癇癪を渋谷駅で数十分間やったが、同じことを思っていた。 現代の子どもは性質が大人しくなったのか、親や社会の制圧が効いているのか。 そういう癇癪は本人含め当事者たちにとって全く好ましいことでは全くないのだが、少しの微笑ましいことも無くもない。 全力で泣き喚く子どもを、私と夫は結構笑ってしまうことも多い。 まあその場合は私も夫もいて、人的時間的に余裕がある場合に限るが。 法事会場に着き、それでもまだ暴れている息子に私も激怒し、「お店に入らない!!!!」と言うので少しだけそのあたりを散歩することにした。 私に抱っこされ、皆がいなくなったら息子は落ち着いた。 ほど近くにかつて父の葬式を行った会場があったので、「おじいちゃんはここでお別れしたんだよ」と言うと「してない」と天邪鬼な答えが返ってきた。 しばらく歩いてなだめて、お店に行くことを納得してもらった。 息子が癇癪を起こしているとき、子どもらしさに笑ってしまう一方で、自分の過去を思い出してとても切ない思いになったりもする。 なぜ癇癪を起しているのか、根底には人に分かってもらえない淋しさがあって、やりきれないのだと思う。 だけれど、私が思うに、その淋しさと言うのは、ある程度は誰かが向き合うことで埋められても満タンにはならない類のものである。 それは仕方がない、とその淋しさを自ら背負う覚悟が決まるまでは、きっといくつになっても色々な形で癇癪的なものを起こすのかもしれないと思う。 幼いうちは、自らの思いの分析さえもできないから大変である。 その意味で大人になることは良いことだと私は思っている。 <YouTube> 自分のメモ読めないことある?これからの手書き談義 <note> 悲しみと憤りの『祭姪文稿』。臨書は何を写し取るべきか
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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