息子の保育園はとっても順調で、今日はもう送りのお別れでは泣きそうなのをこらえて泣かなかった。
きっと保育園が楽しいのではないかと思う。 迎えに行っても最近は本当に明るい顔をしている。 さて私も息子の保育園生活に慣れてきたのだが、未だなぜこんなにも忙しなく感じるのだろうか。 息子を送ったその足でベビーカーを台車替わりに様々な買い物を済ませ、少し遠回りをして歩数を稼いで帰宅すると10時を少し回っている。 自分たちの夜ごはんの仕込みと離乳食を作って洗い物をして、洗濯物を片付け、最近お手伝いしているアートスタッフの件の返信などをしていると11時を過ぎている。 午前中に掃除と手紙の返信を済ませたい、と思いながらブログなんか書いている。 午後はごはんを食べたらレッスンが入っている、終われば間髪入れずにお迎えの時間である。 最近、お昼ごはんを食べると猛烈に眠くなるというか動けなくなるので、時間を遅くして軽食にしている。 それでも動けなくなるから、ここ2日ほど寝るのを早める実験をしている。 昨日は23時に就寝、しかし、23時ではあまり意味がないようで、早寝と呼べるのは22時までかなと思う。 まだまだ、保育園が始まってひと月も経っていないのだから焦ることはないのだが、手離れ感を焦ることで紛らわしているような、そんな心持ちである。 息子が生まれて一年が経った。 そろそろ出産のときのことを振り返りたいと思っている。 妊娠出産についてのあれこれは、未だに少し思い出すと苦しくなるのだが、1年間かけて考えてきた泣き言を整理しておきたいと思っている。
0 コメント
訃報はあるとき突然、寝耳に水、訪れることがある。
三浦春馬さんのことではない。 まあ彼ももちろん我々視聴者からすれば唐突すぎる死だったけれど。 SNSの書道仲間がひとり、亡くなったらしい。 らしい、というのはあまりにもね寝耳に水で未だに実感が沸かないからである。 年齢は正しく知らないが50代の女性である。 肺がんで闘病されていたとのこと。 その知らせは、SNSの仲間内のメッセージで届いた。 起き抜けに、かなり乾いた眼をしぱしぱさせながら、えっ!!??と心臓が飛び上がった。 実際のオフ会で顔を合わせ、彼女主催の教室の展覧会などにも足を運び、個人的に何度もメッセージを交わしていた方だった。 身近とまではいかないけれど、書を志す仲間として、同志という感じはあった。 書風は違えど、竹を割ったような爽快な大胆さが似ていると誰かに言われたこともある。 私としてはあんなに鋭くて切れの良い書とは雲泥の差があると思っているが。 2か月ほど前、彼女は自分の作品集を作ったと仰って、わざわざそれを自宅まで郵送してくれた。 美術手帖ほどの大きさでつややかな装丁の作品集で、体良く、彼女の書のできるだけを詰め込んだ感じがした。 なぜだか思わず涙が出そうなほどに力強い思いがこもっているように思えて、私はその時確かにほんの砂ひと粒分くらい心が違和感に揺らいだような気がした。 そんな砂粒などすぐさまどこかに飛んで行ってしまって、その違和感は違和感であったかさえも分からずに訃報までを過ごしていた。 お礼のメッセージを送り、私の息子の話をし、彼女の娘さんやお孫さんの話をし。 それが5月半ばのことである。 今思えばどんな気持ちで、たくさんの人と関わっていたのだろうか。 彼女は本当に身近な人にしか自分が病気であることを露も出さずに、最期を迎えたようだ。 死んでしまったということは、彼女の肉体がこの世からなくなってしまった、ということである。 もう会えない、ということである。 彼女の作る作品を見られない、ということである。 ものすごく親しかったわけではないけれど、久しぶりに死というものを想い、全然言葉が見当たらないのだが、やっぱり生きていて欲しかった人だった。 彼女のまっすぐさは筋金入りで、我が強いといえばそうなのかもしれないが、それを外部に発する人ではなく、自分自身への厳しさとして持ち得ている人だった。 娘さんが死後のご連絡をあれこれしてくださっているのだが、「母の交友関係が広すぎて・・・」と仰るのも分かる。 きっと多くの人に手厚く、そして凛とコミュニケーションをしてきたのではないかと思う。 SNSはこういうときには情報の伝達スピードがすさまじく、多くの人が彼女の死に呆然と驚いたことであろう。 がんなので自分の死を思う時間があっただろうと思うので、死後のSNS等の連絡は娘さんの託したのだろう、彼女本人に代わって娘さんが対応している。 彼女の笑顔のアイコンで連絡が来るものだから、これもまた少々驚く。 SNSをめっきりやらない人や、予期せぬ交通事故などの死の場合は、こんなにスムーズに死の連絡ができたりしないだろう。 私はSNSの書のグループや俳句仲間以外にはあまりコミュニティを持っていないので、1対1の友達関係の人には私が死んだときにはどのように伝達しうるのだろうか。 それを病気でもない今時点で考えたり、準備したりすることはなかなか難しい。 ご冥福をお祈りいたします。 という言葉よりは、私と関わってお話してくださってありがとうございました、の方が良いかなと思う。 思いの外息子の慣らし保育は順調に進んで、息子は家族という名の初コミュニティを除けば初めての社会進出である。
何も分からない息子からしてみてみたら、いつも一緒にいるお母さんと離れ離れになって、言葉は悪いが置き捨てをされたように最初は感じただろうと思う。 寂しいどころか、今後どうなってしまうかも知れず、さぞや怖かったことだろう。 もちろん、保育士さんたちはみな優しくて頼りがいがあって、少人数の園なので息子がほったらかしにされていることもない。 涙が減って笑顔が増えて、いつものように世界を探索し始めているようで、お迎えのときの顔つきも気のせいではないほどに確かにしっかりしてきた。- 預ける時間も徐々に伸びて、約10日ほどの慣らし期間を終えて来週からは9時から17時まで日中の時間を丸々預かってもらうことになる。 私の方の気持ちもだんだんと慣れてきて、手放しで動けるこの身の自由を取り戻しつつある。 がしかし、それは確かにそうなはずなのだが、妊娠期間も含めて約1年半ほど、身体の不自由がスタンダードになっていたのでこの自由さに今はまだ少々戸惑っている感じもある。 散歩をしても気が急いて小走りになってしまったり、買い物も気持ちが散漫で買い忘れも多く、撮りためたドラマも流し見になってしまい、キーボードをタイプする手は覚束なくて。 しかも、時間がたっぷりできたはずなのに、ものすごい勢いでお迎えの時間がやってきてしまうのである。 散歩も買い物も料理も掃除も一部の仕事も、これまではすべて息子と一緒にやってきた。 これらのことはひとりでやると多少効率よく短縮できるが、それほどまでに所要時間が変わらないのである。 加えて、息子がいない分これらのことをほんの少しずつ細かくグレードアップしてやると、いつもよりも時間がかかってしまうくらいだ。 したがって、あれよあれよあれよと夕方になってしまう。 息子を保育園に送って、食料品の買い出しをする、夕飯を拵える、通信指導の返信を作る、床掃除をする、通販の段ボールを解いて物をしまい段ボールを片付ける、ここまでで9-12時、そしてもうお昼ごはんである。 ブログなんて書いてないでささっとお昼を済ませれば良いのだが、そこは書きたいご愛嬌としておこう。 お迎えまでに郵便局に行かねばならないし、食パンも買いに行きたい。 しかし、お昼ごはんを食べると激烈な眠気に襲われるし、少し休みたい。 そういえば加えて今日は保育園後に予防接種まである。 私は会社員ではないので、かなり時間に融通が利いているが、これで9-17時までのフルタイム会社勤務であったとしたら、どこに自分の時間があるというのだろうか。 家事、特に食事に関するところは何日分かをまとめて用意するなど、大幅な効率アップは図れるだろうけど、その変更のために考えなければいけないことが面倒であまりそうする気が起きない。 買い物は毎日ちょこちょこと行って、その日の分を献立を詳細に考えずに適当に作って食べる、この習慣から抜け出たくないのかもしれない。 世の中に育児日記や育児漫画はあふれている。 以前はなぜそんなよくあることを書いたり描いたりしたいのだろうと疑問に思っていたものだが、やはりそのことが正に自分の日常となると、何か表現欲求がある身としてはそのコンテンツを逃すわけにはいかない、と思ってしまう勿体ない精神が働くことがよく分かる。 ありふれたに日常はありふれたもののでしかないように思うが、本人たちにとっては当然ながらかけがえのない煌めく一つひとつなのである。 しかしその煌めきが他人にとっても煌めいているかはまた全然別の話である。 こんなに可愛くて、こんなに忙しくて、こんなに大変で、こんなに面白くて、という子育てのあれこれというのは、他者との温度感をそれなりには知っておいた方が良い気もする。 もちろん、子育ての内容を昇華させて何か作品的なものに転じさせることができれば、それは他者にとっても温度の高いものである可能性を高めることができるだろう。 しかしながら、子育てというものはそこに踏みとどまって考え作ることを許さないほどに急流濁流であることもまた難しいところである。 あと1,2か月ほど、通常保育の日常に私が慣れてくれば、このわたわたとした感情は落ち着いてくるかもしれない。 一喜一憂、していこうと思う。 日々の育児記録(食事内容や排便排尿、睡眠など)は、産まれてから3週間ほどで止めてしまった。
授乳何分などを測るのも面倒だし、寝落ちたと言えるのはいつなのか、ちょっとだけうんちをした場合のカウントはどうすれば良いのかなど、記録方法の基準が曖昧なことに嫌気がさしたからだ。 あと、毎度その記録が気になってしまい、単純な記録時間だけではない時間がチリツモで結構取られるというのもある。 最近は、食事内容だけでも記録しておいた方が良いのかと思いつつ、一旦付け始めると止めどきを図らねばならないので付け始めかねている。 保育園5日目。 通っている保育園の連絡帳はWeb上のもので、こちらも楽で大変良いと思う。 私が言うのもなんだが、字を書くのは面倒である。 育児日記を付けずとも、この連絡帳のやりとりがそれになるのはありがたい。 帰り際、保育士さんと少し様子をお話するが、ついいろいろと話したくなってしまう。 何なら、このまま少し私も子どもたちと園の中で遊びたいなと思ってしまう。 が、なるべく早く切り上げるようにしている。 保育士さんはお仕事なので親の欲求解消に付き合わせるわけにはいかない。 日に日に、涙が減ってきました。と帰り際のお話にも連絡帳にもあって、息子は初めての集団生活に息子なりに少しずつ慣れてきているようだ。 今朝も保育園に近づく坂道で、私にしがみついて不服を申し立て、保育士さんに引渡すときにはぽろぽろわあわあ泣いていたけれど。 私のことを好きでいてくれるのだろう、それは嬉しくて、悲しくて、切なくて。 でも今日は、お友達をはいはいで笑って追いかけていたそうである。 また驚くべきは、食の細い息子が給食をほぼ完食しているという事実である。 小さな園なので一人ひとりに対応してくれ、飲み込みが苦手な息子のために、普通給食をミキサーにかけてペーストにしてくれている。 家で食べているものよりも滑らかにしてくれているようで、やはりその方が良いのだろうかと私も考え直す。 咀嚼は課題であるが、まずは保育園の給食を食べられるかというのは本当に懸念事項だったのでひと安心である。 家のごはんの進みの方が良くないのは美味しくないからか?!保育士さんの食べさせ方が上手なのか?!と少しの嫉妬心を抱いたことは笑って流そうではないか。 保育園から帰った息子から保育士さんの匂いがして複雑な気持ちになったことも笑って流そうではないか。 慣らし保育も少しずつ長くなってきて、明後日からはお昼寝までしてからお迎えとなる。 今の慣らし保育期間中は、買い物に行ったり、仕事をしたり、料理を作ったり、ブログを書いたり、掃除をしたり、気分は猛ダッシュで様々なことをこなしている。 制約のある時間というのは、スイッチさえ入ってしまえばたくさんの片付け作業が進んで気持ちが良い。 息子は、寝ることにおいて他の子と比べて特筆すべきことがあまりなく、保育園で寝られるかは私にも分からない。 堂々と、ぐーがーと寝る子になって欲しいなと思う。 一喜一憂、という言葉は、その後に「するな」と否定的に自戒的に用いることが多いと思うが、一喜一憂しながら子育てすれば良いかと思う。 私の性格上どうしても一喜一憂してしまうのを止められないようだし、息子は日々何かしら変わっているから、目の前のそれを素直に受け止めようではないか。 子どもを産んでからよく思うが、みんなみんな、どんな人も、こういったひとりの闘いがあったのだなあとしみじみ思う。 少し前までは、みんなみんな、どんな人も、産まれてくるというあの瞬間があったのだなあとしみじみ思っていた。 ささみとにんじんとパプリカを煮て、塩を少々。 茹で汁と一緒にミキサーにかけて、離乳食のおかずを。 ネギと玉ねぎとにんにくを汗をかかせるように炒めて、にんじんとパプリカを入れてさらに炒めて、トマト缶とブイヨン2個、蜂蜜大さじ1強と胡椒と鶏もも肉を入れてぐつぐつ。 鶏もも肉のトマト煮込みは、簡単で豪華に見えるし、野菜を摂らねば強迫感も封じ込められるのでよく作る。 最近、主菜以外の副菜を考えるのにアイディア不足である。 さてあと2品、今晩何にしようか。 昨日今日と、息子は9時〜10時まで保育園に行った。
たった1時間、されど1時間。 初日はあまり訳も分かっておらずだったと思うが、2日目は私の抱っこから保育士さんはの抱っこに変わるとき、もう既に大口開けて泣いていた。 私と息子は、まるで磁石のNとSのように吸い付きあっているところを引き剥がされて離れ離れになる。 保育園を離れるときは、あとを引かないようにすっと身を引いた方が良いとどこがで読んだことがあったので、なるべくすっといなくなるようにしている。 扉を閉めてもなお聞こえる息子の泣き声に、後ろ髪を引かれまくりながら私はひとり歩き出す。 1時間しかないので、息子を連れていてもできる簡単な買い物やATMなどの雑用を行う。 息子がいてもできるが、息子がいないとやはり身軽で、ベビーカーでは通れない段差道やエスカレーターにすいすい乗れてすいすい進む。 飛び跳ねることも、スキップだってできる。 もちろんトイレも自由に行ける。 食パンを買って、ATMでお金を出し入れし、100円ショップでお名前ペンと風船を買う。 100円ショップではベビーカーがぶつからないか物で溢れた店内の細い通路を気を使いながら進むのだが、ひとりなら余計なものまで物色できる。 頑張っている息子に喜んでもらいたいなと、中につぶつぶが入った風船を買ってみた。 うかうかしていたらお迎え10分前となり、足早に園へと舞い戻る。 また扉の向こうで息子が泣いているのが聞こえる。 お母さん参上とばかりに3、4分早くチャイムを鳴らした。 保育士さんに抱かれた息子はぶすっとしており、他の園児たちはキョトンとしていた。 少し遠回りしていて家まで戻り、少し遊んでお昼ごはん。 息子にしては軽快に食べる。 とうもろこしを茹でて包丁で実を削ぎ、ミキサーにかけたペーストはとても美味しかったのだが、デザート代わりにと思っていたらお腹いっぱいになってしまった様子であまり食べてくれなかった。 なんだか機嫌が良くないのは、眠いのである。 今までは午前に寝ていたが、昨日今日は寝ていない。 おっぱいを差し出すと、咥えたまま1分ほどで倒れ込むような形で眠った。 私も早起きだから寝たいのだが、あまり眠くない。 梅雨の晴れ間の青空が、生い茂った観葉植物の緑越し、また息子の寝顔越しに見える。 保育園で笹飾りを作るらしく、短冊を1枚渡された。 願い事はなんだろうか。 たくさん食べられるようになりますように。 健康で過ごせますように。 いっぱい笑えますように。 どれも心底願うことであり本当のことだが、月並みである。 私は過去の記憶を必死で掘り探したが、七夕のお願い事についての記憶がさっぱり見当たらなかった。 代わりに、以前神楽坂かどこかで、幼児や小学生くらいの短冊が沢山飾られているところに通りかかって随分楽しませてもらったことを思い出した。 具体的に何が書かれていたか思い出せないのだが、あの夜、ふらふらとあのあたりを歩いていたのは感じの良い夜だったなという手触りだけが残っている。 愛おしい日々でありますように。 こんな感じだろうか。 ふんわり網羅的に、過剰でもなく誇張でもなく、何が起ころうとも、愛おしい日々であれば良い気がする。 |
勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
|