最近また比較的気が向くので料理をするようになった。
そのほとんどが、いろいろなごった煮。 トマトと鶏むね肉とズッキーニと茄子のごった煮。 小松菜と油揚げと豚こまのごった煮。 根菜と豚バラのごった煮。 じゃがいもとにんじんと豚ひき肉のごった煮。 なすと鶏もも肉のごった煮。 ごった煮という言葉は、所謂煮物から揚げ浸しくらいまでを覆い包んでしまう言葉である。 じゃがいもとにんじんと豚肉のごった煮は、肉じゃがといっても間違いではないと思うが、ごった煮と言いたい。 私のごった煮の定義は、複数の食材を適当に切って鍋に放り込み、時に少し炒め、目分量の調味料を調整しながら煮込み、味を決めていく料理のことである。 調味の基本は醤油酒味醂かつおだしであるが、トマトコンソメ、クミンスパイスなどが登場することもある。 無論、こういった料理は出来立てよりも一回冷まして寝かせた方が味がなじんで美味しくなる。 ごった煮は、私を代表する、乱雑且つ繊細、大胆且つ保守的な料理だ。 私はいつも我がごった煮に心からの安心を抱き、心と身体を温めている。 しかしながら、びしっと味が決まらないこともあって、ごった煮に投影する自分の分だけがっかりしたりもする。 エルブドプロヴァンスというミックスハーブを頂いて、トマトのごった煮に入れたら階段をジャンプアップしたように本格感が出た。 エルブドプロヴァンスとは、南仏プロヴァンス地方のハーブという意味で、タイム、セージ、フェンネル、ローレル、ローズマリーなどを良きようにミックスしたものと言うことらしい。 大きな鍋にふぁらふぁらっと入れるだけで、乾燥した葉っぱの清廉とした力強く品のある香りがついて、それが奥行きといった言葉に昇華される味わいとなる。 既に味が完成しているものに追加しても加点要素となるだけで、蛇足とはほとんどならないように思われる。 私は元々パセリやパクチーなど、香りの強い葉っぱが好きだからということもあるかもしれない。 オムレツに入れても、ラム肉のソテーにかけても、にんじんの洋風きんぴらにまぶしても良い。 それら食材の持つ独特の臭みを消して、代わりにハーブたちの独特の香りが纏われる。 量にもよるだろうが、決してくどくない香りである。 食べ物にはそれほど執念を燃やせない私だが、食べ物の話は好きだし、美味しい方が良い。 最近当たりの食べ物に出会うことが続いている。 これを書いている現在、最近見つけたバケットをメインに売っているパン屋さんのバケットからものすごく良い香りがしていてお腹が空いている。 小耳にはさんだパン屋さんで、ルスルスのように営業時間が短い。 このパン屋さんが本当に当たりだった。 シンプルで、噛みしめたくなるバケットだ。 駅からは遠くないとは言え、路地裏も路地裏、こんなところは絶対にこの店に行く以外に通りかかれたりしない場所にある。 しかしまたがんばって行ってしまうだろう。
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唇の乾燥がバロメータとなって、夏が通り過ぎていくことを思い知らされる。
過ごしやすい、のは良い。 寒くなるのは嫌、だ。 サウナに頻繁に出入りするようになって、私はほとんどというか全く化粧水をつけなくなった。 もちろん、化粧水だけではない、乳液もクリームも美容液などあらゆる保湿系水分油分も。 後者はサウナに行くようになる前からつけてはいないけれども。 普段化粧ポーチを持ち歩いていないので、不意に出先でサウナに行こうとなったとき、最初の頃は湯上がりの顔の肌の乾燥が気になったものだ。 笑うと顔が切れそうになるような感じでパリついていた。 それはだいたい3、4月頃の話で、その後気温と湿度が上がっていくのも手伝って、湯上がりに保湿する習慣があったことを忘れるほどに夏の時期は全くもって気にならなくなっていた。 自分自身で作り出す水分油分で外側からの化粧水を必要としない肌になったのだなと、自分の身体の進化あるいは適応を褒めてやりたい気分がした。 何なら現在は銭湯に備え付けのボディーソープでメイク落としも兼ねて顔も洗えるようにもなっている。 そもそも男性は風呂上がりに化粧水をつけている人がとても少ないと思うし、それでも全く問題が起きていないのに、なぜ女性だけ保湿保湿と水分油分を外側から過剰なまでに与え続けないといけないのか。 一説によると一般的に女性の方が皮膚が薄く水分油分を保持する機能が低いということを聞いたことがある。 確かに女性の皮膚の方が柔らかいのは実感的にあるので、そういう理由もあるだろう。 となると、私が化粧水を必要としなくなったのは顔の面が分厚くなったということになるだろうか。 または女性は化粧をする人が多いので、下地クリームやファンデーションなどをつけたり剥がしたり、そういったことで肌へのダメージを日々与え続けているという理由も大きそうだ。 ほとんどの人が二の腕や内ももの皮膚が一番きれいであるように、紫外線に晒されておらず衣服などの擦れ刺激も受けづらい箇所は赤ちゃんの頃に近い皮膚を保っているものだ。 もちろん顔が最も紫外線に晒されるのは仕方がないにしても、あらゆる刺激を与えることは皮膚にとってあまりよろしくないのだろうと思う。 女性の化粧は、本来の皮膚機能を毎日奪いに奪って、奪ったものを自らでは生み出せない分を外側から補填しているような感じだろうか。 なんて非効率極まりない。 かくいう私も化粧は軽くしている。 もっぱら、軽く、だけれども。 化粧をしている方が、していないときよりも、やはり全体感的に自分比較できれいであると思っているからだ。 下地やアイシャドウなどさんざん引き算してきたが、これ以上は引けないところまで来ている。 自分にとって、きれいな方が良い、私はそれをとってもアグリーしている。 この夏、化粧水が要らなくなった自分の肌の進化を褒めていたのだが、ここ数日の気温の低さと湿度の低さで湯上がりの乾燥を察知した。 私の進化は外気によってしか成り立たない程度のものだったのか。 友人は、オリーブオイルでも飲めばいいんじゃないか、と笑いながら言った。 もう少し様子を見るとしよう。 さて、東京銭湯アプリというものがあって、その中に「銭湯お遍路」として1か所1スタンプをためられるという企画がある。 東京都内に銭湯は500か所以上あるらしい。 26か所、88か所、176か所ごとに認定証などが受け取れることになっている。 所謂スーパー銭湯は適用外、同じところに2回行ってもスタンプはひとつである。 私は今年の5月31日からスタンプをため始めて昨日で26スタンプとなった。 旅行に行ったり生理期間中だったり近所の銭湯に複数回行ったりなどを加味するとおそらく3日に1回くらい銭湯、主にサウナに行っていることになる。 日常の習慣に食い込んで、新習慣化が完了している、と言ってもなんら差し支えなかろう。 出不精の私を外に引っ張り出したわけだ。 家のガス代も下がっている。 書道で賞を獲った際のトロフィーを捨てようと思っていた私が、結局すんでのところで思いとどまったが今も捨てても良いかと思っている、この認定証をもらおうとしている。 というか、とりあえず申請した。 銭湯でサウナや風呂に入ったり、そこに行くまでに電車に乗って移動したり、帰りに見つけた居酒屋でお酒を飲んだり、少なくともそれら銭湯界隈の事実を身体が体感しているその最中は私にとって意味あることである。 その意味は浮かんでは消え浮かんでは消えていく。 意味があったことは私の脳内にしかないのだが、それを認定してくれるのは有り難いことではないか。 自縄自縛も、このこのにならば認められそうだ。 さて現を抜かした夏の旅行であったが、マヤマさんにお持ちした菓子工房ルスルスのクッキーの話を是非書き留めておきたい。
私が最近食べたお菓子の中で最も印象的だったと言っても過言ではない。 旅行の話ではない。 ただのクッキーの話。 それは、ある生徒さんから差し入れですと頂いた小ぶりの銀の缶。 所謂普通の色を焼き菓子の色をしていて、白いレモン風味の砂糖がかかったアイシングクッキーである。 クッキーは、スーパーのものだって誰かの手作りのものだって、まずいということは未だかつて私の経験にはない。 どのクッキーだってそれなりに美味しいものである。 一方で、飛び抜けて美味しいクッキーのことなどあまり考えたこともないし、そんなクッキーがあったか現状記憶を辿れない。 敢えて挙げるなら、友人にもらったおからのダイエットクッキーがざくざくと歯触りが楽しくて小麦の風味が強くて印象に残っているくらいだろうか。 ちなみに私はパンなど小麦製品がそれなりに大好きで、食パンやその他パンにおいてはこの店が良いなというのは少しだけこだわりや考察データがあったりする。 しかし、ことクッキーについてはほぼ無いと言って良い。 という私が何の気なしに食べた頂き物のルスルスのクッキーはすこぶる美味しかった。 普通のクッキーだろう、と何も考えずに口にしたクッキーが、少し目を開くような美味しさだったのだ。 何だろう、その美味しさについて、適切な表現が見当たらない。 普通のふつうの、何の変哲もない、言うなれば特徴に乏しい、クッキーなのである。 ちょっとした特徴としてはレモン風味のアイシングクッキーというところだろうか。 優しい小麦の風味と、優しげで凛としたレモンの風味。 脳天を射抜くタイプの美味しさではない。 食感はさくさくとしていて、舌触りは滑らかで・・・それは多くのクッキーでもあるわけで、もちろんこのルスルスのクッキーにもあるのだが、他にあまり特筆すべきことがないのである。 でも、確かに私が今まで食べたクッキーの中では、最上級に美味しいのだ。 バランスが良い、とても丁寧に作られたクッキー。 そう言えば、不足はあるかもしれないが、過言ではない。 クッキーづくりには少しナーバスでセンシティブで、物静かな、細身で手が白くて指が長い女性が作っているのではないだろうか。 無印良品のロングTシャツを着て、ファッションには無頓着だが、日焼けは嫌いで毎日お気に入りのレースの日傘をさして工房に通勤している。 足元はコンバースのスニーカー、お化粧は化粧下地のみ、目元は濡れているような艶のあるまつ毛が装飾なしに生えている。 両親は離婚していて、母親に育てられたが、母親とは自分がお菓子屋になることに反対されていたためそりが合わない。 でも、正月に娘が持ってくるクッキーを母親は楽しみにしている。 妄想が過ぎた。 星形の小ぶりなクッキーは小ぶりの缶に15枚ほど入っている。 ばくばくと一気に食べてしまいそうだったが、こういうものほど少し誰かと共感したいもので、翌日の来客者のために少し残しておくために伸びる手を押さえつけた。 来客者に我慢して取っておいたクッキーを差し出すと、残り数枚のクッキーをあっという間に口に放り込んだ。 「確かに美味しいですね」と仰っていたが、私ほどの感動はしていなかったように見えた。 まあいい。 ちょうど青森旅行に行く前だったので、マヤマさんにお土産に持って行こうと決める。 東京名物「東京バナナ」や「とらやの羊羹」などの有名どころ買っていくよりも、自分が本当に気に行った東京でしか買えないものを差し入れたい。 調べてみると、菓子工房ルスルスは、浅草、東麻布、銀座松屋に店舗があるとのことだった。 こんなに店舗展開をしているとなると、先ほどの妄想は少し違うのかもしれない。 店は銀座松屋以外は木金土日の12時~しかやっていないという悠長さ。 しかし夕方、早ければ昼下がりの時間帯には売り切れてしまうという人気らしい。 頂いたクッキーは「夜空缶」という名前で、何より驚いたのは1620円という値段である。 一枚当たり、あの小ささで、100円ほど、ということになる。 それでも売れているのだから、立派だとしか言いようがない。 購入ついでに、そのあたりの銭湯サウナに向かおうと本店の浅草に向かうことにした。 浅草駅からも三ノ輪駅からも徒歩10分以上。 物にたどり着くまでの距離感は、希少価値を高めるだろうか。 猛暑の中、やっと見つけた浅草のお店は、古民家のような佇まいで小さな看板だけがひっそりと立っていた。 私が訪ねたのは木曜日で、平日はイートインも閉まっている。 小さなショーケースにはクルミやオレンジピールやブルーベリーのケーキ、小さなシュークリームなどがこれまた密やかな雰囲気で並んでいた。 店員さんはレジの奥にも何人かいらっしゃって、どの方がルスルスのオーナーさんなのか、あるいはその場所にオーナーさんがいたのかさえも分からなかった。 お目当ての夜空缶が売り切れていないことにほっとして、せっかくだから他にも何か買っていこうと物色する。 でもこの後銭湯に行くから生菓子が買えない、だから、ブルーベリーとクリームチーズの小さなマフィンをひとつ買った。 ブルーベリーとクリームチーズの組み合わせは、前々から好きなのだ。 夜空缶は差し上げるものだから食べてはいけない。 その夜、ブルーベリーとクリームチーズのマフィンを食べると、やっぱり何の変哲もない、しかし美しさのある美味しさが立ち上った。 私としてはクッキーの方がどんぴしゃりとハマった感じはしたが、マフィンもそれと同じ材料で作られたのだなあという優しい風味と丁寧さが存分に伝わってきた。 マヤマさんのお口に合うかどうか、差し上げた後何の気なしに感想を聞いてみると、「かみさんがこりゃあ良いお菓子だわ」と言ってほとんど一気に食べてしまったのだそうだ。 やはり、美味しいのだ。 自分のためだけに、ごはんにもならないクッキーを買うには、少々値段が張るし遠い。 しかし、ルスルスのクッキーを持って誰かに会いに行って、おこぼれにあずかろうかと思う。 いやしかし、これ値段を知らずにぱくぱく食べて本当に良かったと思う。 ありがたがって食べる部類のものではない。 1枚1枚、100円玉だと思って食べるのは違う。 これを読んで買う方がもしいたとすれば、その点、もう注意のしようがないのだが、ご注意願いたい。 函館に行ったら是非ラッキーピエロのハンバーガーを食べてください、とかつて函館に住んでいた方から言われていて、ハンバーガー好きの私は楽しみにしていた。
が、昨日の昼は噴火湾というところでピザとカレーライスを食べてしまったし、夜は飲みに出かけてしまったし、今朝は9時にホテルを出なければならなかったので、食べる機会を逸してしまった。 ちなみに函館山の夜景も皆から勧められていたが、疲れていたのと毎日かなり混んでいるという情報とお腹が空いているということで結局見に行かなかった。 旅行に行ってせっかくだからともったいない根性で盛り込み過ぎるのは好きではない。 函館山の夜景を見損なったのは特別に未練はないのだけれども、ラッキーピエロはやや心残りである。 いつかまた函館に来たら是非食べたいものだ。 旅行中の、食べる、という行為は難しい。 お腹の減り具合とその限度と、移りゆく気分と、名物は食べたいと思う心と、不意に出会う食べ物と、移動などの時間の制約と。 日常でも食べるという行為の難しさを常々感じているが、旅行においては悩ましいくらいである。 毎日数度その選択を迫られるものだからその選択責任を回避したくて、もう食べられれば何でも良い、と開き直ってコンビニのサンドイッチで済ませてしまうこともある。 そのタイミングで最も良い選択をして最も良い気分を味わいたい、つまり美味しいものを美味しく食べたい、というだけのことなのだけれども、何だか私にとって難易度の高い問題になってしまっている。 さて、心配された台風の影響も、飛行機が着陸時に少し揺れたくらいで無事に成田空港に降り立つことができた。 今日の東京の気温は大したことはないが、ものすごい湿気だ。 格安航空は乗り心地やその他サービスも気にならないのだが、飛行場の真ん中あたりで降ろされてターミナルまでバスで移動など、何かと追いやられている感じがある。 リムジンバスは都心まで滑るように走り、少し台風の風雨に濡れたけれど自宅までも滞りなく帰着。 荷解きをしてコーヒーで一息。 5日間の中日でホテルの洗濯機で一度洗濯をしたのだが、着るものは着ているものを含めて2セットで十分だなと思った。 元々荷物は劇的に少ない方だが、もっと少なくできそうである。 この辺で、旅の序盤を執念で回想しておこう。 青森に着いたら、書家の知人が新幹線の改札で待っていてくれた。 マヤマさんと言うは白髪のおじさまで、年はちょうどけいこと同じくらい。 手紙のやりとりをしたことがあり、顔もFacebook上のプロフィール写真で存じ上げているけれど、会うのは初めて。 初めてだけれど初めての気が全然しない。 定期的にブログを読んでいたり、書を見ていたりするとその人のことを知った気になるもので、実際にお会いするときもコミュニケーションがスムーズに行える。 しかし、どぎつい津軽弁でお話になられるのでやや驚いた。 これでも分かりやすく喋っているのだよと言われたが、気を抜いてぼんやりと聞いていると外国語を聞いているような気分になってさっぱり話を聞いていないということにもなりかねない。 Facebookの面々のお話やら、青森と東京の気候のお話やらをしながら、電車の出発まで30分ほどの時間を潰す。 時間が経つにつれて、津軽弁に耳が少しずつ慣れてはきた。 ところで、JR東日本の区域でSuicaやPASMOが使えないところがあるとは思っていなかったのだが、青森は使用エリア外とのことで切符を買わねばならなかった。 現在は東海地方でも使えるのにも関わらず、また青森駅は辺境な地でもないにも関わらず、未だICカードが使えないとは少し驚きである。 ああいった機能を搭載するには結構なお金がかかるだろうから、この辺りのJRの経営状況継続的に逼迫しているのかもしれない。 それにしても東京の猛暑と比して青森は気温が低い。 青森も30度を超えることがあるようだから偶然なのだが、20度ほど違うのではという感じ。 冬は豪雪、1mも2mも積もるようなこの地の束の間の夏がもう終わろうとしている侘しさを感じる。 日本三大祭りであるねぶた祭り真っ只中の青森は人が沢山いた。 新幹線のある新青森駅からねぶた祭り最寄りの青森駅まで数分間のひと駅なのだが、2両しかない電車に人がわんさか詰め寄って私としては稀に見るぎゅうぎゅうぱんぱんの満員電車が出来上がった。 インドの満員電車みたいに、電車の扉につかまったり、上に乗って座ったりする身軽さがあればそのように乗ってみたい気分だった。 日本でそれをしたら捕まるけれど。 久しぶりの満員電車でやや腰を痛めたが、何とか青森駅に到着。 ねぶた祭りの準備会場であるところに案内いただき、雨予報のためねぶたに大きなビニールをかぶせているところを見物。 土産物屋もぐるっと一周、途中食べた焼き帆立がとても美味。 ねぶたの会場まで移動する間もマヤマさんはひっきりなしにねぶたや青森の話をしてくれた。 広い車道に、広い歩道。 会場に近づくにつれて歩道の脇にはパイプ椅子が並ぶようになって、すでにお弁当を食べたり酒盛りをしている人々もいる。 マヤマさんがその界隈のお知り合いに話を付けておいてくれて、パイプ椅子に座って観覧できることになっていた。 有り難い。 ねぶた祭りの開始まで1時間以上もあったけれど、ずっとマヤマさんとお話をする。 間もなく始まるというくらいで近くの屋台でビールと焼き鳥を買って。 雨がぱらぱらと降っていて肌寒い、天気は何とかもちこたえてくれると良いのだが。 祭りが始まった。 巨大な張りぼての山車ねぶたと、「ハネト(跳人)」と呼ばれる踊り子が群衆になって、「ラッセラーラッセーラー」という掛け声とともにが大通りを練り歩く。 ねぶたの山車は評価委員がいて、毎年立派なねぶたに賞が付くのだそうだ。 ハネトはその山車のメンバーでなくても誰でもなれるらしいが、参加するには正式な衣装が必要とのこと。 頭には花笠、浴衣を着て赤やピンクのタスキをし、浴衣は膝くらいまでたくし上げ「オコシ」と呼ばれる前掛けのようなものを巻いて、足は白足袋草履。 今インターネットで調べて知ったが、デパートなどでこれら正装一式10000円ほどで売られているそうだ。 因みに4000円ほどでレンタルをしているところもあるらしい。 マヤマさん曰く、以前はハネトで暴れたい若者が地方からもたくさんやって来ていたのだが、祭りの太鼓や笛の音を邪魔するホイッスルを鳴らしたり、爆竹をやったりと風紀を乱すため警察などと取締りを強化したのだそうだ。 地元民たちは、彼らが祭りの活気をさらに盛り上げていたから寂しくなってしまったと言う人もあり、治安が良くなって何よりだと言う人もあり。 確かに、活気のある祭りの割に治安が良いなあとは思っていた。 少し整然とし過ぎているようにも感じたくらいだ。 フジロックみたいなもので、規模が大きくなると大がかりな規制をかけることもでき、群衆では様々な危険が予測されるから大勢が皆予め前のめりに助け合って行きましょうという心が働くのかもしれない。 大勢の互いの薄い監視力は治安の良さと引き換えに、火のような爆発力を鎮静してしまうのかもしれない。 ハネトは小さな鈴を観客に向かって投げ、それを小さな子どもたちが一所懸命拾い集めている。 私の生まれ育った街にも派手な祭りがあって、太鼓や笛の音は何だか幼い頃の祭りを想起させた。 子おどりの練習で毎夜小学校の体育館に通ったことや、朝5時くらいから白塗りべったりのお化粧をしたこと、口紅を付けているからごはんが食べづらかったこと、雨で足袋がぐしょぐしょになって神社の砂に埋もれてしまったこと。 よく覚えていないのだが、楽しくもなく楽しくなくもなく、見栄を張るでもなく夢中になるでもなく、あの頃、小学校2,3年生の私は無心だった気がする。 ノスタルジックな回想をしていると、もちこたえられなくなった雨が本格的に降ってきた。 ざざ降りである。 一本だけ持っていた折り畳み雨晴れ兼用傘は役に立たなかったということはない。 しかし着ていたワンピースの裾もスニーカーから靴下も水が染み込んでしまった。 雨が楽しさを倍増したということは別にないが、雨は雨で「ちょっと大変だったね」という一つの話の種に昇華できるのでちょっとしたトラブルはあっても良い。 再度新青森駅まで混雑した列車で戻り、そこから宿泊先の健康ランドまでマヤマさんが送って下さった。 本当に有り難い。 この他、健康ランドの話やマヤマさんにお土産に持って行ったルスルスのクッキーの話や翌日のマヤマさんの青森観光の流れやも備忘録としておきたいのだが、長くなったのでまた今度にする。 今度があるかどうかは、今は分からない。 とりあえず、マヤマさんには申し訳ないくらいお世話になってしまった。 お土産にと高そうな筆と墨までいただいてしまった。 何か不意打ちでお礼の品をお贈りしたいが何が良いだろうか。 15時過ぎ、新青森駅に到着。
というところから回想しようと思ったが、記憶が新しくて柔らかいものから書かないと、おしなべて古く固まってしまうの、昨日今日を先に記すことにする。 午前11時過ぎに函館港に到着。 フェリーは新幹線より安かったというのもあるけれど、旅情として船に乗りたかった。 終始曇り空で、途中うわんうわんとかなり揺れたけれど船酔することもなくよく眠れた。 いやまあ、眠ってしまったら旅情も何もないのだが、船に乗りたかった願望は十分に満たされた。 津軽海峡フェリーは、とてもきれいで設備も整って申し分なかったことも挙げておく。 レンタカーを借りてイオンに行って飲み物や持ってこなかったメイク落としなどを調達したりなど。 青森もそうだが、物価が東京よりも全般的に1割ほど安い感じである。 トップバリューの水2リットルが58円とは。 やはり、東京のものよりも野菜の色が濃くてぱつんぱつんに水分を抱えている感じで、化粧をしていない田舎くさいが発育が健やかなすっぴん美人、みたいな感じだ。 青森の回想録が書ければ出てくると思うが、道の駅で買ったミニトマトはこの旅の中でも上位に入る美味しさだった。 土臭くて太陽風味のトマト味。 野菜不足も手伝ってミニトマトを夜中に貪り食った。 イオンを出て、大沼公園というところに向かう。 私は建物や遺跡や博物館などよりも、自然が雄大なところに行きたい傾向が強い。 函館を10分ほど郊外に向かって走ると既に「ほっかいどー!」と口にしてしまう感じの真っ直ぐな道となった。 まっすぐな道でさみしい、とはまたも山頭火の句であるが、カラッと明るくてだだっ広い北海道の一本道は、精神が清潔な野球少年のように爽やかで、一抹の淋しさをポケットに持っているかもしれないけれど概ね凛としていてとても気持ちが良いものだ。 曇り空だった天気は回復傾向で、青空も広がり始める。 北海道は今8月が東京の5月くらいの爽やかさで、緑も濃くなり始めて一年の中で最も美しいきらきらと輝く時期である。 私は過去に札幌と小樽と富良野に言ったことがあるが、函館は初めて。 北海道という括りで良いと思うが、本州の雰囲気とは一線を画する。 青森は山に囲まれていると言った感じなのだが、北海道は地球に抱かれている、と言いたくなる。 函館で言えば海もすぐ側だし山も連なっているのだが、大陸の雄大さを兼ね備えている。 茨城の水戸にも少しだけ似ていて、水戸は海が離れていて平野だからなのだと思うが、あらゆる音の反響が少ないのである。 函館は海は近いが、北海道のそのスケールが逐一大きいため海辺でも大陸の感じがするのであろう。 私は基本的に5月頃都内近郊や本州のどこかに出かけたりすると、それらどの場所でもほとんど好きになってしまうくらい、5月の新緑が煌めいている時期が好きなのだが、北海道の雄大さを以てして遅れた初夏の陽気の大沼公園を好きにならないはずがない。 まして天気は雲がほとんど取れて抜群のスカイブルーになっているわけなのだから、精神的恍惚状態にもならざるを得ない。 大沼公園は、公園といっても大沼小沼という沼のような湖のような巨大な水たまりに、周りに少しの売店や食事処や小さな遊覧船がある。 今はどこに行くにも便利なもので、Googleで検索をかければ何を見るべきか、何が美味しいのか、精査されたものを知ることができる。 いっそ通信を断ち切って自力で探すのも良いとは思うのだが、そんなに長い間滞在する訳では無いし、地図やガイドブックに載っている店よりも何らか理由があって検索上位を勝ち得た人気の店情報を短時間で効率よく得られるのがインターネットの良さなので、ここはGoogleの力を存分に使わせていただく。 ちなみにインターネットよりも信頼性が高いのは、実際の知り合いからの口コミであるので、旅前にはことある事に青森や函館のことを聞いていた。 「大沼公園」と入力すると、変換予測で「大沼公園 だんご」と出てくる。 お昼を食べていなかったこともあり、だんごを食べてみることにする。 インターネットの情報によると大絶賛の評価がたくさん出てくる。 店は実際にやや混雑していて、だんごは次々と売れていた。 あんことみたらし、黒胡麻とみたらし、の2種類のセットがあって、あんことみたらしにすることにした。 あとは、懐かしい瓶牛乳もあったので、それも一緒に。 串団子ではなく、白玉団子のような小さめの俵型のだんごが各20個ずつほど入っていて、二色ご飯のようにその上にびっちりとあんことみたらしがかかっている。 お餅のように、耳たぶのように、柔らかいだんごである。 これがまたすこぶる美味かった。 ネットで話題、というのは侮れない。 しっかり米感のあるだんごも好きだが、もちもちと柔らかいのも悪くない、良い。 塩気がちょうど良く、優しさの妙が感じられる上品な仕立て。 あんこの方の塩味が感じられるところが私としてはかなり気に入った。 ぱくぱくといただく。 「必ずその日中にお召し上がりください」となっているので残念ながらお土産には出来ない。 しかしあまりに気に入ったものだから、黒胡麻とみたらしを夜にでも食べようと思ったけれど、案の定食べずに持ち越して今日の午後にもう一度大沼公園に寄ってそれを食べた。 確かにだんごはぐにっと固くなってしまっていた。 余談だが、黒胡麻だんごの上にかかっていた黒胡麻ペーストは舗装中のアスファルトのように黒々としていて、甘いアスファルトを食べているみたいだと思った。 モンゴウイカを食べたときには消しゴムの食感みたいだとか、香り高い中トロを食べたときには花の香りがする石鹸を食べているみたいだとか、私の比喩は人からしたら食欲を削ぐようなものが登場するのだが、なんだか私はこういった表現が自分的に言い得て妙であると思ったとき、結構満足感がある。 さて大沼公園を少し歩いて昭和初期に噴火して山のてっぺんが取れた形の駒ケ岳を拝み、そこから3,40分車を走らせて鹿部というところの宿へ向かう。 家々がある小さな集落をいくつか越え、ホテルに到着。 決め手は、辺境な土地のサウナがあるホテル。 最寄り駅まで歩いて20分ほど、コンビニまで車で10分弱、ゴルフ場は目の前に。 ここ最近外部の手が大きく加わったのだろうと思われる感じのホテルだ。 ホテルのサイトや予約システムなどもとても現代的でしっかりしているという印象。 ホテル側のコストパフォーマンスがよく練られている。 抜かりなく細かな節約をしつつ、ホテルの部屋や食事などのレベルは金額に見合った良質を目指していることが窺える。 建物自体は古く、壁紙は茶色く、ところどころ浮き上がっている。 エントランスや食事処、お風呂などは北海道サイズで広々。 しかしなんと言ってもやはりロケーションは最高である。 部屋の窓からはゴルフ場の緑とその奥には海原、そして大きく丸い水平線。 エレベーターホールからは駒ケ岳が望め、その前には樹海が広がっている。 なんだか少しオーストラリアのパースに雰囲気が似ている。 屋上に上がるとそれらがさらにレベルアップしたパノラマビューを見ることができる。 吹いている風は冷たくて、長居はできなかったけれどなんとまあ気持ちの良いことか。 この日はとても晴れていた。 あとでホテルのサウナに入ったときの地元のおばちゃん達の話によると、こんなにも駒ケ岳の輪郭がくっきりと大きく見えることはとても珍しいそうだ。 前日に雨が降り、空気が洗われて澄んでいると駒ケ岳は大きく見えるのだと言う。 そして、林の中の露天風呂は、なんとまあ気持ちの良いことか。 森の精霊様の密やかな鼻歌が聞こえてきそうである。 私はこれまで風呂全般が苦手だった。 服を脱ぎ着するのも、身体や髪が濡れるのもドライヤーを当てるのもひどく面倒に思っていた。 だから温泉宿というものにさっぱり興味がなかったのだが、サウナによるととのいを知ったおかげで風呂施設が心から楽しめるようになった。 まあ今でも風呂に浸かること自体はさほど好きではないのだが、風呂施設があるということに上級の悦びと楽しみを感じ、そのためなら服も脱げるし髪が濡れても良い、ドライヤーは別に当てなくても良い。 サウナに感謝、だ。 風呂施設を好きになったことは出不精で面倒臭がりの私の行動の多大な原動力となっている。 日本全国津々浦々、風呂施設は沢山あるわけなので、私は旅が好きだと言う日が来るのかもしれない。 大げさではなく、サウナは私の人生に多くの彩りをもたらしており、この後もそうであろうことは大変に悦ばしい。 夜ごはんを食べて、お酒を飲んだらかなり酔っ払ってしまい、コンタクトレンズを外す際に片方をケースに入れ損なってしまっていた。 朝パリパリになったコンタクトレンズはもうどうしようもなく、予備は持って来なかったのでここからは眼鏡の旅になってしまった。 リアルタイムでは、函館空港、搭乗5分前。 成田着の格安便であるが、台風の影響で羽田空港か中部空港への着陸になる可能性があると言う。 さて、現在朝6時36分、青森津軽海峡フェリーにいる。
本州先っぽの港は、8月6日とはおよそ思えない冷たい雨が降っている。 薄手のパーカーとウインドブレーカーを着ているが足りないくらいだ。 私の感覚としては10月後半くらいの気候で物悲しさを煽られる。 気候の面で、もはや東京の猛暑が恋しい。 フェリー出航ターミナルの待合室の窓にはべったりと重たい灰色の雲が立ち込め、細かな雨粒が窓を斜めにぴちぴちと濡らしている。 出航なのか、着港なのか、大きなフェリーが海の上をゆっくりと、穏やかな象のように方向転換をしている。 そういえば、海原を目の前にするのが随分と久しぶりのように思う。 これから北海道の南端、函館まで三時間半、海を北上する。 函館は晴れの予報。 5年ほどぶりの夏休みらしい夏休み。 有給休暇ではない、無給休暇である。 初日から旅日記をつけようと思っていたが、なんだか全く暇がなかった。 現在までの振り返り、記憶を記録してみたい。 2日前の土曜日の昼、所定の東北新幹線はやぶさに乗車。 ねぶた祭りのこの時期、はやぶさは当日を待たず座席は満席になってしまうと聞いていたのでひと月前にインターネットで予約していた。 小中高生の夏休み期間中の東京駅は思った以上にごった返していた。 きょろきょろと辺りを見回しながらそれぞれに直線を歩かない人々の群れはやや目眩がする。 スーツケースを持っている場合、人ひとり分よりもだいぶ床面積を取るのに、上半身はそのままなものだから衝突の危険が上がる。 かくいう私も、スーツケースは持っていないがきょろきょろと辺りを見回す人のひとりであるわけだが、このような人混み状況は露も好きではない。 どちらかと言うとこの悲観的寄りな記憶は、おそらく乗車時間までとても十分な余裕の時間が無かったから助長されているように思われる。 私は、飛行機や新幹線、比較的遅れると様々な支障の出る約束事に向かう電車など、便数が少なく値段の高いチケットで、あるいはそれを逃すとその後の予定が著しく狂ってしまうようなものの時刻に間に合うだろうかという不安がすごく嫌いである。 ついでに、焦って走るのも大嫌いだ。 その上、券売機で当日切符を受け取ったのだが、ずらりと並んだ券売機にはずらりと行列ができていて、しまったと思った。 こんなことならばもっと前に受け取っておけばよかった。 そんな機会はそれまでに沢山あったはずだ。 でもそんなタイトでせせこましい人間だと思われるのも嫌で、「まー大丈夫でしょ」と涼しい顔をしたりもするのだが、心の中はざわざわざわざわ止まらないのである。 このような時、たいてい事なきを得るどころか、10分前には全てが完了して出発時刻までやや待つということになる。 私がとても安心してゆっくりと焦らずに出発時刻を迎えるには、出発時刻の軽く35分前に全てが完了するようなことになるだろう。 しかしながらそれはそれで、待ち時間が手持ち無沙汰で長すぎる。 それでもまあ、焦るよりは良いかなという気にはなる。 私は人生において大きなタイムロスをしているのかもしれない。 さて、新幹線に乗るのはほとんど実家に戻るときだから、新幹線は私にとって珍しい乗り物ではないが、エメラルドグリーンのはやぶさ号は在来線の何か特急列車のようで、新幹線には思えない。 座席は東海道新幹線と同じ広さで、シートはブルーではなくブラウンで、頭部に枕が付いていた。 そして、いつもと逆方向に進むのが珍しい。 品川のビル群の間をすり抜けていくのではなく、上野の雑多を抜けていく。 東京を少し離れたところの景色は、団地の群集が北の方が少し多い気がする。 大宮が来て宇都宮が来て、新幹線はいつだって豪速感だ。 そんなことを少し思っているうちにやっぱり寝てしまって間もなく八戸駅、次、新青森駅。 そうこうしているうちに、リアルタイムでは函館港に到着。 乗船して3時間半が経過した。 これを書きかけで、フェリーから差し込む光は眠気を誘う白い光で、というのは言い訳なのかなんなのか、2時間半ほど寝ていたことになる。 フルフラットの座敷のようなところでごろ寝なんてしたら当然寝てしまう。 基本的に私は、眠りん坊である。 函館に降り立つと、天気が少し良くなっているし暖かい。 青森は本州最北最果て、函館は北海道の最南端。 緯度的に「北」に上がっているはずなのだが、「南」と名のつくところの方が明るく暖かい気がするのは何故だろうか。 北スペインよりも南フランスの方が明るい感じがしたし、北モロッコよりも南スペインの方が活気があったように思う。 「北」という言葉は寒さや切なさを誇張し、「南」という言葉は暖かさを上乗せする効果があるのだろうか。 フェリーの中の大きなトラックとその整備などで働いている人々を見つつ下船。 また見ることもない山が遠ざかる、山頭火の1句が思い浮かぶ。 旅路の出だしだが、とりあえず。 また書けるだろうか。 |
勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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