青森から、とある書家の方から封書が届く。
先日、作品をお互いに交換し合う約束をして、それが届いたのだ。 会ったことも、話したこともない、でも、年に1度しか会わない友人よりは互いを知った気になっている。 ブログ仲間のようなものだ。 私は青森へ、自宅のトイレに飾ってあった井上有一の言葉を書いた細長い書をくるくる小さく巻いて送った。 届いた大きな茶封筒には、表の方にはクローバーの紙が貼り付けられていて、そこに私の住所と名前が比較的慎ましやかに横書きで書かれていた。 裏側にはその方のご住所とお名前が縦書きに威風堂々という感じで縦書きに書かれていた。 名前は特に、威風堂々、と。 書家の字は、作品として書かれたあるいは自分流に書いた書家の字は、一言で言うと、おしなべて、読みづらい。 おそらくそのことをその方も分かっているのだろう、宛先の方は郵便屋さんに優しい字で書かれていた。 封筒の中身は、私がリクエストした私の俳句の書、「花弁雪」、自作の書のポストカード2枚と、お手紙。 リクエスト以外にも色々と送ってくださって、しげしげと私はそれらを見つめた。 作品も素晴らしいのだけれど、私はやっぱり手紙に感動した。 手紙、という作品になっている。 本格的な古典に根差した人が書く日常の字は、凄味がある。 線が凄い。 その一方で、パッと見は私でも読みづらい。 古典仮名を学んだ人のやり方が見てとれる。 でも、読み進める前に、なぜなのかよく分からないけれど、不意に泣きそうになってしまった。 書は体を表すとはよく言ったものだが、書いている筆の音がしそうなほど臨場感のある読みづらいお手紙の書に私はじんわりとしたものを感じた。 それに、こんなふうに、生身の私を介してではなく私から切り出された書によって見知らぬ人と交流が持てているのだなあということを嬉しく思った。 もちろんFacebookというSNSが交流源なわけで、純粋に書のみが交わしている何かではない。 でもある程度、書が物を言ったと言っても良いだろうと思う。 でも私が目頭を熱くしたのは、おそらく、社会性というものを限りなく取り除いたところの交流をお手紙の温かみに見たからだろうと思う。 それは内容ではなくて、全体感として。 自分自身が、あるいは他者が、いかに意識的・無意識的に社会的であるかに気付くことは想像以上に難しいことだ。 ここで言う「社会的」とは「他者を気にして意識的・無意識的に振る舞うこと」とも言いかえられる。 純粋な自己というものは日常の各所に散りばめられているものだと思うけれど、それは瞬間的刹那的で、それを自身が認識したと同時にいつの間にかするりと逃げられてしまったりする。 言葉や論理の限界にいつの日か気付いて、それでないものの価値を知ったような気がしている。 アートと呼ばれるものの役目は、言葉や論理の限界を飛び越える伝達手段にひとつはあると思う。 私は言葉や論理も大好きだけれども。 最近買った篠田桃紅さんの「人生は一本の線」という文付き作品集にもあった。 「私の言葉なんて、無意味です。百万の言葉より、一本の線が私の伝えたかったことです。」 確かに彼女の作品は、「ほぅ」「ふむ」「うん」「あぁ」と思ったりする。 となると、今回いただいた手紙、読まなくても十分なのかもしれない。 私は言葉が無意味だとは露も思わないけれども。 言葉の世界にも、その言葉そのものが指す意味だけを伝えるのではなく、何らかその記号を飛び越えて醸し出す、匂い立つ言葉というものもある。 それはたぶん、アートなのではないかと思う。 とか何とか言って、手紙の内容は気になるので拝読した。 以前メッセンジャーでお聞きした、私と誕生日が同じであること、二番目の娘さんと私は同い年であること、そして私の書がその方の書と似ていると思うこと、そんなことが書かれていた。 「恵美子どのの書は私の書に似ています。いやもっとセンスがあり、頼もしく思っているところです。」 もっと目頭が熱くなってしまったではないか。 今日はもうひとつ、ささやかな良いことがあった。 以前から私が隠れファンであったブログが再開されたというお知らせを別の方からいただいた。 出産や子育てでブログを離れていたそうだ。 飽きの来ない滋味深くやさしいおいしさの文章。 ほんわかとしたお味の中に、シェフのお人柄が醸すこだわりの強さが文章の骨格になっている。 最近「ドグラ・マグラ」や篠田桃紅さんの、比較的先鋭的な文章を読んでいる私は、そのブログのおいしさを楽しみにしていた頃の暮らしを微かに思い出して懐かしさを思った。 その人が仕事でもなく誰かに頼まれるでもなく、好きで日常的にやっている露出物って良いよなあと思う。 もちろん何でも良いわけではなくて、何かしらの面白味がないとダメなのだけれど。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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