マスクをつけないで外出する。
何だか、大丈夫・・・いやまだ・・・あと少し・・・といった感じ。 眼鏡越しに世界を見ることには慣れたけれど、やっぱり眼鏡は邪魔である。 目と目の間にある、鼻当て、と俗に呼ぶらしい、が邪魔だし時々皮膚が痒い。 視界に眼鏡のフレームが入るのも鬱陶しい。 そのまま顔を横にして寝ることもずれてしまって鬱陶しい。 今コンタクトレンズを入れて大丈夫かどうかはわからないけれど、早く眼鏡を脱ぎたい。 いきなり暖かくなって暖房をつけなくなって、そうしたら部屋干しの洗濯物が乾かなくなった。 私は洗濯物は基本が部屋干しであるが、冬の間は部屋の加湿の機能もあった。 洗濯物がないときは、わざわざ濡らしたタオルをエアコンンの吹き出し口にかけていた。 暖房の乾燥力とはもの凄いものだ。 乾燥も辛いのだけれど、洗濯物が乾かないのも気持ちが悪い。 時間をかけてゆっくり乾いていくと、雑菌が発生しやすいとも聞いたことがある。 生乾きの匂いは、例えば黒板を爪で引っ掻いて出る音の嫌さと似ている。 朝は雨が降っていて、自転車で出かけられなかった。 雨も上がったことだし、時間もあることだし、一駅分歩いて帰ろうといつもは通らない道を適当にてくてく歩く。 家の近所とは言え、知らない道はまだまだたくさんある。 そうしたら、いきなり広めの見晴らしの良い公園に出た。 都会は高い建物が多く周りを見渡せないので、こういった何かいきなりの出現によく出くわす。 この東京のいきなり感が私は結構好きである。 都会の真ん中に、こんなに広く、こんなに穏やかな場所があったなんて、と都会の秘密を知ったような気になって嬉しくなる。 東京に住んでもうだいぶ長いけれど、東京の方が居住年数が愛知よりも多くなってもたぶん一生、私は都会に憧れと借り物感を持ち続けるだろうと思う。 雨上がりの曇り空、シロツメクサの上で、子どもと犬が走り回って遊んでいた。 桜は満開からはらはらと花びらを優雅に散らしていた。 夏の草いきれには程遠いけれど、啓蟄の湿った植物の匂いがふわりと香って。 東京は、同じ区でも場所によってさまざまな街の顔を見せる。 大きなマンションがスーパーや歯医者などを兼ね備えてひとつの小さな集落を作っているところがあったり、深みのある木の表札にフルネームが書いてあるような大きなお屋敷、車一台10センチも余裕がないくらいの駐車スペースを持つ狭小だけれどおとぎの国に出てきそうなアメリカンカントリー調な家、いろいろある。 この辺住みたい、このマンション中見てみたい、と、私は結構物件というものが好きだ。 amazonプライムで、「パンとスープとネコ日和」を観る。 ああいう感じ、好きだ。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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