さてさて慌ただしい日々である。
新居の方に荷物を少しずつ運び入れている。 家の来る方々は皆、物が少ないですね、と言う。 確かに物は少ない方だろう。 物を溜めこむのが好きではない自覚もある。 しかし、引っ越しともなるとわらわらわらわら出てくるのが、持ち物というものである。 これを心の贅肉とでも言おうか。 心の贅肉が自分に付いていると自分に言いたくなる、というところが肝であって、物持ちの人が心の贅肉の巨塊を持っているということではない。 とにかくその人にまつわる色んなものがあるのが、住居というものなのかもしれない。 出来るだけ物を少なくシンプルに暮らしたいと思っていて、ある程度要らないものを削った生活をしている気がする。 がしかし、書道家なんてやっていたらミニマリストには到底なれない。 墨は一種類で良いとは言えないし、異なる筆にはそれぞれの面白さがある。 黒だけでなくて白でも書きたいし、羊毛筆も面白ければ兎の口髭筆も竹筆も楽しい線が出る。 紙は消耗品だからいつも大量に仕入れてある。 たまに使いたくなる色紙もあれば、何かの時に遊んで書くかも木の板とかお菓子の箱とか、そんなものまで保管するようになっている。 命名書の額やら、賞品の立派な額やらもある。 まあでもそれを削ったら私の糧を削るも同然なので、ミニマリスト的だとたまに言われることがあるが私は全然そんなではない。 カフェに手袋を忘れてきた。 私は晩秋から初春まで割と長い期間手袋をしている。 「先生、手袋をお忘れではないですか?」とレッスン後にメッセージをいただいたとき、あんな汚いものを置いてきてしまったか・・・と少し恥じた。 私は手袋は自転車に乗るのでガンガン洗いたい、という一心で毎年100円ショップのマシュマロタッチのような手袋を使い捨てている。 さっぱりオシャレではないことは分かっているが、温かいし洗えるし肌触りも良いし100円だし、と言うことがないどころか褒め称えたい。 多少汚れてきてしまったのでもう明日洗おうと思っている、しかも1シーズン使い倒している、そんなタイミングで他人様にそれを拾われてしまった。 「もう要らないので捨ててください」と言おうかと思ったが、向こうも人の手袋を捨てるのは忍びないだろうと思って言わなかった。 保管させるのも同じくらい申し訳ないけれども。 そんなわけでここ3日ほど、手袋なしで過ごしていたのだが、本当に辛い。 こんなにも手袋様は私に温かさを与えていてくれたのか。 貴方がいなくなって、私は、かじかんで霜焼けになりそうな手を片方ずつ、代わりばんこにジャンパーのポケットに突っこんで自転車をこいでいます。 貴方なしで持つスーパーの袋のなんて重いことでしょう。 貴方の役目だった、自転車のハンドルの汚れを吸着することは私の素肌が行わねばならなくなっています。 近くの100円ローソンでは防寒用の手袋はもう置いていないとのこと。 コンビニには800円くらいのものが置いてあったが、渋ってしまった。 結局失くして3日後の今日、通りがかった西友で軍手のような、ゴルフ手袋のようなピンクの手袋を300円で買った。 たぶん、4月はじめくらいまで使うと思う。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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