蝉がジャージャー鳴いている。
濃緑の木々の中を散歩しながら夏の中を歩く。 すると突然今のこの現状が急に有難く思えてきて、戦時中もこんな気持ちになったのかもなあと想像した。 きっと戦時中にも穏やかな時は存在して、当然ながら夏が来て、太陽が照り、青空が広がって、蝉も鳴いていたことだろう。 まだまだ社会は揺れていて、それでも平時と思っていた私の日常も、無論まったく軋みが発生しないわけではない。 あんなこともこんなことも、そういえばできていない。 忘れかけていたけれど、サウナに行きたい。 さて、仕事というか手伝いで、とても久しぶりにテープ起こしを行っている。 学生時代に2時間ほどのインタビューを起こすという作業をしたことがあるが、それ以降はライターの仕事をしていたころにもう一度だけ、やったことがある。 人によってはものすごく面倒な作業と思うかもしれないが、元より、単純なタイピングが大好きな私としてはさほど苦にはならない。 今後毎日8時間やれと言われたら嫌だけれど。 音声を自動で書き起こすソフトなども今はたくさんあるだろうけれど、喋り手もゆっくり喋ってくれるので、録音しつつ同時に書き起こしていくスタイルをとっている。 分からなかった部分だけ録音終了後にもう一度聞きなおす。 最近はブログを書く以外にキーボードで文字群をタイプすることはほとんどないので、随分と指先が鈍っている。 PCを新しくしてから数か月経つが、キーボードに手が馴染むほどPCを触らないので、Enterキーなどの距離感のチューニングもしなければならない。 そして今回最も気になったのが、新しいテーブルの角がとがっていて、腕をテーブルに置くと痛いことである。 いろいろあるなあと思いながら、カタカタカタカタ打ち続け、聞き直し、打ち直し。 久しぶりに1㎞ほどの距離を走ったような気持ちになった。 終わった後も完全な脱力状態ではなく、やや興奮が続いていて、いつもはぐったりしてしまう保育園お迎え前の16時ごろにも、あれやこれやとあくせく動いていた。 アドレナリンのような、交感神経を優位にする物質が出ていることで疲弊した体を突き動かすとき、根拠なき、得体の知れぬ有能感を味わうように思う。 やれる、まだいける、今なら何でもできる、怖くない、そんな高揚した気持ちになる。 一時的なことなら非常時の馬鹿力として良いのだろうが、おそらくアドレナリンのような物質で体を動かすことが長期間続くと心身を壊してしまうだろう。 また、このような状態では、簡単な単純作業しか行えない。 冷静さや沈思黙考を必要とするような作業をしてはならない。 ブログはかろうじて書けるが、書は書けない、あくまで私の場合だが。 私は基本的に予定が立っているときには予定を狂わされるのが苦手であるが、急な依頼ごとで何かを差し込まれてみるのは悪くはない。 ずっとやっていなかったことをやる、新しいことをやる、予定を変更してやる、日常に少しでもストレッチしたパラメータを注入するのは人間の拡張にとって必要なことである。 たいていの場合、それらをやるのは面倒で堪らないのだが。 しかし、でないと、留まったそこは淀んで臭いを発してしまうかもしれない。 梅雨明けで猛暑になると聞いていたような気がするが、比較的からりとして過ごしやすい。 あっという間に8月が過ぎそうで、そうなったら年末までのカウントダウンか。 それはあまりに気が早いか。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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