引っ越しをした。
何度目の引っ越しだろう。 たぶん今度は長く住むのではないかと思う。 家にお越しになる面々は総じて眺めが良いですね、と言ってくれた。 そう、今回最も重視していたのはなんだかんだ「抜け感」であった。 何はともあれ、「抜け感」だけは譲れなかった点だった。 自分が惚れた点を他人から褒めてもらえるのは嬉しい。 新居には本引っ越し前から色々と物を入れていたのだが、本引っ越しにはけいこが軍手とエプロンを持って手伝いに来てくれた。 ひとりでも何とかなるだろうと思ってもいたが、けいこの応援は本当に助かったし有り難かった。 ひとりではできないこと、というのが些細なことでも本当にたくさんあるものだ。 ふたりでやるとはかどること、というのが些細なことでも本当にたくさんあるものだ。 粗大ごみに出す本棚の搬出とか、私が苦手な家具の組み立てとか、段ボールの封を全部切っておくとか、まとめた段ボールの排出とか。 面倒なことは誰かとやるべし、というのは前にも書いたことがある。 ある人にとっての字を書くことだったり、ハンバーグを作ることだったり、そして引っ越し作業もとても当てはまる。 たわいもない話をしながら作業をすることは、それそのものが楽しいことに変わりさえする。 本件まるごと、けいこには多大な感謝の念が尽きない。 旧居の立ち会いとその後の仕事に出かけるため、けいこは新居には泊まらずにいもうとのところに帰っていった。 旧居の立ち会いは午後3時。 西日がさんさんの部屋でぽかぽかと暖かかった。 私はこの西日を愛していて、初めてこんなに陽当たりの良い部屋に住んだことをずっと嬉しく思っていた。 私は太陽で元気になれるタイプであることを初めて知った。 新居は今ほどは当たらないけれど、それは「抜け感」でカバーできる。 がらんどうの部屋を一渡り眺めて、少しに感慨に耽りながらかなり疲れていたので何もない部屋に仰向けになる。 浮かび上がる思い出に浸るには時間が足りず、業者がやって来た。 くるくるパーマに黒縁メガネをかけた今風のちゃらんとしたお兄さんは、「こことここだけ惜しいっすねー」と退去時の加算料金をテープで記して立ち会いは終わった。 このようなシチュエーションでは、私もそうだったが「お金取られるかも」という不安から牽制した態度になってしまう人が多いと思うので、ちゃらんとした感じはお兄さんなりの処世術だったのかもしれない。 3日間ほど仕事は休みにするつもりだったのだが、結局翌日11時からレッスンを行った。 スーパーや100円ショップの位置は把握したが、このあたりの散策はまだまだこれからである。 少し元気がなかった観葉植物たちも、次第に新居に根を下ろしてきた。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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