念願の飯盒炊爨をしたりとか、ニジマス釣りをやったりとか、「?!」となった生えのきのサラダとか、ちゃんと美味しいのにサクサクだった鶏胸肉の焼き鳥とか、単純で嬉しかった事象について、忘れてしまいそうなので最初に留めて置くことにする。
飯盒を使って思いの外完璧に炊けたお米と、ぺらぺらで焦げ焦げのステンレス鍋で作ったカレーは、所謂青空スパイスも振りかかって、絶賛のカレーライスとなった。 私はほとんど何にもやってないのだけれど、それは手を汚したくなかったわけではなくて誰もやらないのであればじゃがいもの皮を剥いたり玉ねぎを切ったりなどはしただろう。 飯盒は私が買ったので持ち帰り、激落ちくんで洗って棚の上の方に保管してある。 また使う機会があったらそれは嬉しいので、物をすぐ捨てがちな私もこれは捨てはしない。 釣竿が思ったよりも細かったことや、カステラと卵黄を練って作ったという美味しそうな黄色い餌玉、Sの半分の形をした針金が刺さると魚の口でも人間の皮膚でも取れづらいこと、わざわざ釣りのために放流した空腹の魚を釣るという釣りという行為へのフォーカス感、餌を魚につつかれているときの糸のくんくんという張り具合の感触、ピチピチビクンビクン動く絖った魚を触るのはやはりできなかったこと、炭火で焼いた魚はやや生感があったのと当然ながら新鮮で透明な味がしたこと。 釣りはカレーライス作りと違って自分でやらせてもらったので書けることは多い。 主に竿を固定していなければならず少々飽きがちなので、それを上回る楽しみが見つけられなければしばらく釣りはやらないだろう。 朝に燃す炭が燻りて秋の雲 桟橋の低きにかかる水の音 秋湿り上がり半分石乾く 手持ち無沙汰で、川べりに座って作った3句。 桟橋の〜の句は、お気に入りだけれど、後で気づいたけれど無季語だ。 生えのきのサラダとサクサクの焼き鳥はまた食べに行くとして、今度はテーマ的に「時間の感覚」について書きたいことがあるのだけれど、また持ち越しとする。 結局どんな類のことも風化していってしまう。 新しいことを取り入れるか、今あるものをかき混ぜて違う味にするか、より深くを知ってアップデートするか。 ここは、ロイヤルホスト。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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