現在は隔週の定期検診があった。
普段、病院とはほとんど無縁の私がスケジュールに「病院」と入れるのは確かな違和感がある。 しかしながら、おそらく各所で問題になっているだろうが、大病院の診察というのはどうしてこうも待ち時間が長いのか。 受付を済ませて、尿検査をしてから1時間以上、ベンチに座りっぱなしである。 最初の受付と自ら行う尿検査で10分ほど、先生の診察まで1時間強(正味10分弱)、超音波検査待ちに1時間強(正味15分)、会計待ち30分(本日は補助金内で支払い無し)で、10時過ぎに病院へ行ったのに出てきたときには13時を回っていた。 仕事も余裕を持って組んでいるつもりではあるが、この日は14時からだったためギリギリ間に合ったくらいで、焦るのは本当に好きではない。 身重感の増す今、走れと言われても簡単には走れない急げないというのもある。 また、数多ある診療科の中で、所謂体調不良ではないのは産婦人科だけだと思うが、体調不良の人が先の見えない時間を過ごすのはとても大変なことだろうと思う。 予約時間を指定してきているのは病院側であるにも関わらず、何が大いなる渋滞を引き起こしているのだろうか。 大病院であればあるほど、規模が大きいから変革は骨が折れるだろうが、そういった改修に労力とお金をかけても良いのではないだろうか。 病院はサービスを提供しているという観点をさほど持っていないのだろう。 あるいは、仕組みは既に持っているのに、それが上手く機能していないのか。 その点、病院でも最近の歯科医院は予約時間に厳密に対応をしてくれるところが多くなってきたように思う。 前の歯科医院も、今の歯科医院も、「恐れ入りますが、予約時間を10分超えてしまいますと診察ができない可能性がございます。ご協力をお願い致します。」というような告知がされていて、それは脅しではなく本当にそうするようだった。 事実、12時半の予約で12時35分に診療室に入って歯科衛生士さんに「お待たせしてしまって本当に申し訳ありません。」と謝られたこともある。 とある町病院のアレルギー科では、待ち時間がインターネット上リアルタイムで確認できる仕組みを持っているらしい。 忙しない、と言う人もいるかもしれない。 丁寧に診てくれないのではないか、と言う人もいるかもしれない。 そもそも患者数が潤沢でないと成り立たないというのもあるだろう。 無論、ほとんどの物事は限度と度合いを以てして良質であると言えるだろうから、どちらも行き過ぎは弊害が生じるだけだ。 それに、医療の世界ではイレギュラーなケースだって多く発生するだろう。 それでも、ある程度の所要時間を読んで、少なくとも今よりも潤滑に診察を進めていくことが可能だろうと思う。 遅刻してくる人がいたり、思わぬ治療が発生する人がいたり、雑談を長引かせる人がいたり、そういったことも加味しても。 かえるくんは元気だった。 なぜか超音波を当てられると、いつもこちら側に顔を向けて、口をぱくぱくさせていたりする。 胎児には、意志や感情というものがどれくらいあるのだろうか。 胎盤は少し子宮口からほんの離れた地点で動きが止まってしまったようだ。 このままいくと帝王切開になるかもしれない。 できれば経膣分娩を経験してみたいと思っているが、母子の健康を優先してリスクの少ない方法でいきたい。 出産や子育てについて、本当にこれといってこだわりたい箇所が今のところ思い当たらない。 先日友人の勧めで、イメージトレーニングにアカチャンホンポに見学に行ったのだが、どうも上手くイメージが沸かない。 可愛らしいベビー服やゆりかごのようなものがたくさんあったけれど、私個人としては別にどれも欲しくないのである。 寧ろ、物が増えるから要らないのである。 そんなことを言っている場合ではないのだが。 経験のないことを目の当たりにしたとき、自分がどんなふうに思うか、自分自身がよく分からない。 どんなふうに思っても、どんなふうに感じても、それは仕方のないことである。 かえるくんにはまっさら未経験の新世界が待ち受けている。 私が思うことと、かえるくんが思うことは基本的には異なるだろう。 慮ることしかできないけれど、私はかえるくんの誕生とこの世界での存在を楽しみにしている。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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