もうずっと同じ服を着続けていた。
毎日夜に洗濯をするので、朝に乾いた服をハンガーからそのまま着る。 洋服を選ぶ、ということはしばらくほとんどなく、私はその日常を気に入っていた。 しかしながら、服は他人への影響を左右するものであろうことは一応知っているので、くたくたよれよれ褪せ褪せの服を着ていることへのほんの少しの恥ずかしさのようなものも一緒に身に着けていたように思う。 それでも朝に洋服を選ぶには至らず、毎日毎日ハンガーから外して着ていた。 着心地が良かった、というのはそういうことだろう。 破れたら捨てよう、と思っていたのだが、よく転ぶ子どもではあるまいし、そんなに簡単に服は破れない。 まあそれでも毎日毎日着ているものだから、日々少しずつの摩耗を積み重ねて、そして先日、ようやく、ついに破れた。 なんと上のシャツと下のパンツがほとんど同時にかすかな穴を開けたのであった。 シャツは首のところが擦れて、パンツは膝のところが擦れて。 変だけれど、そこにはちょっとした感動があった。 かすかな小さな穴は、一縷の望み、ではないのだが、そんな言葉が浮かんでしまった。 一縷の望みの穴が開いてからも2,3日着て、ようやく捨てることにした。 よく頑張った。 ふと、台所の使用済み揚げ油が冷えたフライパンが目に入った。 私はつい最近まで揚げ物をやったことがなかったのだが、息子が唐揚げが好きなので頻繁に揚げ物をするようになった。 揚げ物といっても、フライパンに1,2センチほどの油で揚げ焼きをするくらいなのだが、それでもやはり油が残ってしまって、その処理はどうしたものかと思っていた。 凝固剤など、捨てるものにお金をかけるのは嫌だし、キッチンペーパーも油を吸わせるにはたくさんの量が必要でなんだか勿体ない。 使い古しのタオルは雑巾としてとっているのだが、雑巾としての役目があるので、油を吸わせて捨てるには忍びない。 そこで目についたのがお役目を終えた服である。 およそ綿なので油はよく吸うだろう。 それに服は、雑巾としては使いづらすぎる。 今まで毎日身に着けていた服を、揚げ物の焦げカスが入ってどろどろに参加した油を吸わせるのも一抹の後ろめたさがなくはなかったが、もうどうしようもなく捨てられるだけにしかならないものが最後の奮起を見せたと考えればもう言うことはない。 シャツとパンツを適当に切って、ぼろ布がたくさんできた。 3,4枚を使って、今回の油はきれいに処理ができた。 こんなことをする人がいるのだろうか、とふと検索をしてみると、古着の処理方法として少し出てきた。 まあ人がやっていてもやっていなくても良いのだが。 今日からの服をどうするか、衣装ケースを見渡す。 ミニマリストということはないので、少ない方だとは思うが、それなりに服は持っている。 私がこんなにも毎日同じ服を着るようになったのは、妊娠・授乳のせいが大きい。 それまでも大体同じ格好をしていたが、こんなにも同じ服を着続けているということはなかったと思う。 妊娠も授乳期間も終えて、増えた体重も2年以上をかけてようやくもう少しで元に戻らんとしている。 ちなみに下着も2つを着まわしていたが、授乳によってのびのびのぼろぼろになってしまったので新調することにした。 久しぶりに、空柄のジーンズと、何やらうるさい柄のカットソーを着る。 ここからの日々、毎日これになるのかは今の時点ではわからないけれど。 ひとつのシーズンが、ひとつのフェーズが、終わった気持ちである。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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