辞書を買った。
「新明解国語辞典 第四版」。 ちなみに最新版は第七版らしい。 語句の意味や類語などは日常的にまあまあ調べるのだが、それはネット検索で十分事足りるし、無論だいたいの意味や連想ワードが知れれば良い。 小学生頃には国語辞典も漢和辞典も英和和英辞典も冊子で持っていたが、分厚い辞書を引くという作業が酷く面倒なので、程なくして発売された電子辞書には随分と恩恵に与った覚えがある。 言葉好きの子どもが、辞書で1語句を調べた語釈に載っているまた別の語句を調べてどんどんと言葉を覚えていく、というような話があると思うが無論そんなことをした記憶もない。 それに、現在の私の生活に分厚い本なんて質量の塊でしかないから全然欲しくないのだけれど、その辞書の語釈が絶妙に面白いという話を聞きつけて、ネット上でそれを少々齧ってぜひ蔵書にしたい!と思ってアマゾンで古本を13円、送料込でも400円弱ほどで購入。 ついでにこの辞書にまつわる更なる解釈本「新解さんの謎」という赤瀬川原平さんの本も購入。 「新解さん」というのは赤瀬川さんが付けた相性らしく、ファンは親しみを込めてこう呼ぶらしい。 ラジオやテレビ番組の内容としても取り上げられ、各方面からこの辞書を愛読書として楽しんでいる人々が大勢いることを知る。 辞書、というと漠然と、それがとても権威があって間違いなど疑いようもない完璧に近しいものであるという印象がある。 そういった意味で、法律、というものと印象は似ているような気がする。 どちらも、その道に精通した超人的能力を持っている精鋭たちが、論理や言葉に対する検証・推敲を積み重ね、智慧を凝縮し煮詰め、淘汰に淘汰し洗練された、言わば日本国民皆の模範文書であると言っても良い。 そういうイメージを、特段の意図もなく考えもせずに抱いている場合が多いのではないだろうか。 しかしその固定概念を外して見れば、全ては分からないだらけのこの世界で必死で編み出したもので、所詮はただの人間が作り出したものだ。 当然ながら、時代も変われば語句の意味も法律も変わっていく。 それに、書き手の主観が全く入らない、ということは原理的に不可能である。 「"先生"の言うことは正しい」と言うことよりかは大分信頼性を持てるかもしれないが、それでも抜けや穴が全く無いなんてことは無いだろうということは容易に分かる。 とまあそれもそうなのだが、辞書への完全崇拝なんてものが薄い意識下にあったとしたら、この辞書は本当に完全崇拝なんてしてはなりません、と全体の分厚さと膨大な文字列を持って教えてくれるような書物である。 小説や啓発本でもなく、「辞書」という言葉の持つ曖昧さや不安定さを何とか保とうとするはずの指標の塊であるべき存在でそれをやってのけた、あるいはやろうとしているのが凄い。 ずっしりと重い紙束から人間の血の流れる音が聞こえてきそうな本である、あるいは「俺様が辞書である」と生真面目な内心のドキドキを抱えながら闊歩しているような本である、それでいて社会体制に謙虚に斜めに切れ込みを入れているような紛れもない切実ささえ感じられる表現物である。 語釈のみならず、用例も編者たちの極めて個人的な美観や嗜好や主義主張を書いているような節があって、言葉を定義しているはずなのに大いなる余白や反対意見の余地が残されている感じがとても面白い。 あと、腹が捩れるほど笑える。 私はこの類の斜めな真面目さが大好物で。 笑えるというのは、本当に有り難い。 「恋愛」「動物園」「実社会」「世の中」などが有名な語釈らしいが、内容を私が書くのも無粋なので、このあたりのウェブサイトが取っ掛かりとしては分かりやすいだろうか。 昨日見つけた面白いのは、「よほど」や「ねばねば」。 「よほど」・・・②「主体の決意が十中七、八発動に向かいつつも尚決定的ではないことを表す」。用例「よほど名乗って出ようかと思った」。 「ねばねば」・・・「ねばりついて容易には離れないもの。除くことが出来ないことを表す」。用例「ねばねばした暑熱と、たえまない靴音と、汗ばむ倦怠にひたって、すれちがうイタリア娘の腰と足を鑑賞していると・・・」。 十中八九という慣用句を七、八と言っているあたりにとても主観が感じられる。 この意味で「よほど」と使う主体の決意を揶揄しているようにも取れる。 「ねばねば」については用例がもう唐突すぎて何のことやら分からな過ぎて面白すぎる。 「ねばねば」で多くの人が連想するような「納豆」などを使いたくないのは良いが、あまりにも日常的ではない用例である。 さて、日々ごった煮の季節がやって来た。 トマトともつのごった煮は少しの新しさといつもの安心感があって上出来。 やるべきことが山積している。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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