ベンチを買って、ベンチが届いた。
ここ2か月くらい、ずっと座椅子に変わるものを探していて、ようやく一つの決断にたどり着いた。 座椅子の座り心地や見た目はとても気に入っていたのだけれど、やっぱり床に座るというのは立ち座りが面倒だということと、クローゼットの前に置いていてどかさないと扉が開かないというストレスがあった。 奥行きが取れないので、背もたれのないベンチが良いかなと思ったのだった。 ベンチにたどり着く前に、キッズソファや分厚いシートクッションや椅子単品やスツール2個などいろいろなことを考えたけれども、あるベンチの見た目に惚れたことが決め手となった。 ベンチを買うのにトータルで一体どれくらいの時間通販サイトをサーフィンしまくったろうか。 全部私の余剰的活動だけれど、展覧会への出品もようやく終えて今、人心地が付いた思いである。 私はなぜだか昔からインテリアショップを眺めることが実店舗も通販サイトも大好きで、それをし始めると相当に無駄な時間を過ごしてしまう。 特段詳しいわけでもないしそんなに高いものも変えないけれど、自分の部屋を作るのは好きだ。 服や美容関連の自分本体にかけるお金よりも断然比重が置かれている気がする。 ちなみに私の生まれ育った家は、インテリア、という言葉さえも発したことがないような家だった。 鮭をくわえた熊の木彫りの置物や、オーストラリアの形をした便のウイスキーや、誰かが何かをこぼした染みのあるこたつカバーや、ワイヤーで適当に括られたトイレの棚や、そんなものが一貫性を持たずに存在していた。 字が上手い人も、興味がある人も、いなかった。 シビラの花柄の布団カバーや用途が不明瞭な東南アジアかどこかの布やコンパクトなPC机など、とても長く愛用しているものもあれば、入れ替えも結構ある。 部屋の景観が乱れる、という理由で「カイジ」や書道用品がむき出しになっているのもなあと思ったりする。 いつか、いつか、彫刻の森美術館で座った衝撃の椅子、ハンス・J・ウェグナーのスリーレッグドシェルチェアが欲しい。 本体が30万円ほどであることもびっくりだけれど、あの大きくて豊かな椅子をおけるくらいの広いスペースのあるところにあれを置きたい、そして座りたい。 あれは本当に忘れられない。 そのために今また彫刻の森美術館に行きたい。 そのためだけではなくても、彫刻の森美術館に行きたい。 新しいベンチは、いささか座り心地がいまいちである。 背もたれという奥行きや深みが身体を支えるのだ、と納得がいった。 座椅子を捨てようかどうか迷い、壁に立てかけになっていて部屋の景観を乱している。 その前に出しっぱなしの書道の下敷きを片付けた方がいい。 さてはてここからどうしようか。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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