物々しい世の中であるが、私の頭をずっと支配していた息子の離乳食問題には一区切りがついた。
ミキサーでブイーンと全てを一緒くたにどろどろにしたものを1食で茶碗半分くらい食べるようになった。 水分不足の問題は残っているのだが、固めのうんちが毎日出る。 ひと段落を見て、散歩時に悶々と歩くこともほとんど無くなった。 久しぶりに晴れ晴れした気持ちである。 食べてくれる、生きながらえる、それが嬉しくて安心なのである。 まあ単に、昨夜息子があまり起きなかったというのもある。 さてこの件について親身に相談に乗ってくださった方がいらっしゃるのだが、私もこのようなことで悩んでいる人がいたらやはり前のめりにでも相談に乗らせていただきたい。 私も実際に相談に乗っていただいて、具体的な対策や原因の究明、気の持ち方など本当に参考になったし、明るい兆しが見えたのもこの方のおかげがあった。 「基本的に子どもというのは手におえない」とその方の日記にあったが、私もそのことを知っているつもりだったのに、全然分かってなかったように思う。 育児というのは、こんなにも多くの人間が大きく大人になっているわけだから、さほど心配せずとも育つだろうとできる限りどんと構えようとしている、したいのだが、なかなかそんな悠長にもいかない。 いざ対面してみると本当にわからないことだらけで心配だらけなのである。 しかも、医者や助産師や区の育児担当の方々に相談しても、インターネットを漁れば出てくるような答えばかりで個別の回答はほぼ得られず、特段の症状のないことはほとんどが「様子見」となってしまう。 私の場合、この「様子見」がとても辛く思う。 確かに元気なら良いのだと思うけれども、何の手立てもなく「様子見」しているうちに取り返しのつかない事態になる可能性などを悪く考えてしまう。 しかしながら、基本的には確かに、「様子見」するしかないのであるが。 母は不安であり孤独であると友人が言っていたが、その意味も痛いほどに分かる。 大丈夫大丈夫、と周りに言われるほど腹が立つというか、やり場のない不安を煽られる。 大丈夫には根拠が欲しいし、その根拠は経験に基づくものであってほしい。 誰も自分ほどに子どもを見ている人物はおらず、この子の安寧を守れる一番の存在は自分であるということは孤独の素であり、しかしあながち行き過ぎた自意識でも無いと思う。 こんなにも俯瞰出来なくなるのだなあと、落ち着いた今の状況では思うし、いささか行き過ぎた自意識になりやすいのはいつものホルモン様のせいということだろうか。 痛くないときに痛みを正確に思い出せないのと同様に、辛いというのも今はあまり思い出せないというかどうしてそのように落ち込んでしまったのかさえ分からなくなる。 これが女性特有のものだとすると、女は馬鹿なのだろうか。 それとも私固有のものだろうか。 息子の食べる寝る動く排泄するなどの状況は2週間〜10日スパンで徐々にフェーズシフトしていくようである。 今は全面的にこちら側の寛解期なので、次の問題は何なのだろうか。 とりあえず、現時点で私が悩み終えて、同様の悩みを抱える方がいるのであれば参考にしてほしいのは、できるだけ新生児期から哺乳瓶で飲ませることを止めないことと離乳食はのど越しが大切なこと、すり鉢でごりごりやって食べなかったらもうごりごりはやめた方が良いこと、瓶詰めベビーフードやミキサーなどに潔く頼ること、である。 そしてやはり「様子見」の辛い時期を誰か経験者に相談することである。 多大な面倒と思っていた確定申告も夫に手伝ってもらい、当初の期日を少し過ぎたくらいには提出が完了した。 本当は、離乳食用に買ったミキサーの話を書きたかったのだが、良い文量になったことと、息子が目覚めたのでここで終わりにする。
0 コメント
あなたのコメントは承認後に投稿されます。
返信を残す |
勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
|