肉親が死ぬと悲しいのは何故だろう。
おじいちゃんの死に顔を見て、どうしてもどうしても涙が止められなかった。 最期の一週間ほどで人が変わるほど痩せてしまったらしい。 棺桶の中のおじいちゃんはきれいに死に化粧され、黄疸の黄色さを健やかそうに、というのもかなり変だが、カバーされていた。 そもそも看取るつもりは私はなかったが、おじいちゃんは誰にも看取られずにそっと逝ってしまったそうだ。 兄と兄の奥さんがおじいちゃんを見舞いに行った際に、既に息を引き取っていたとのこと。 施設でひっそりと、こっそりと。 おばあちゃんだけは同室の少し離れたベッドにいたけれど、ほぼ寝たきりなので気づかなかっただろう。 おじいちゃんはどんな気持ちだっただろうか、どんな気持ちも無かっただろうか。 おばあちゃんはおじいちゃんが運び出されていった後、70年以上も連れ添った人の死をベッドに横たわったまま辛うじて認識して「そうか」と言って涙を流したそうだ。 お通夜の日、私は21時前に式場に着いた。 姪っ子と甥っ子がいつものようにバカ騒ぎと言っても良いほどの騒ぎ方で、畳の部屋を駆け回っていた。 私が堪えきれない涙をぽたぽたとやっていると、姪っ子は「おばさんなんでないてるの?」と聞く。 「はは、どうしてだろね」と精一杯に答える。 人は死ぬと動かなくなる。 人は死ぬと冷たくなる。 人は死ぬと静かになる。 人は死ぬと魂が抜けたようになる。 魂なんてものはあるのだろうか。 あるとしたら、魂はどのタイミングでどこに行くのだろうか。 遺体はとても丁寧に扱われて、父が死んだときよりもとても綺麗に改装された火葬場で、物の見事に骨になった。 肉体を見ていると止まらなかった涙が、骨になった瞬間に私はとても冷静になった。 火葬場の係員さんが、ここは膝の関節、ここは足の指の骨、という詳細の説明をしてくれたときは博物館にいるような気分にもなった。 子どもたちはこの瞬間が最も衝撃を受けた様子で固まっていた。 「骨がしっかりしとるねえ」と口々に言っていたのは父のときと同じだ。 父の父だから、肉体を剥いだ骨まで似ていたのだろう。 終始2歳から5歳の姪甥たちが騒ぎ立てる中、初七日のごはんまでを終える。 デザートについていたメロンがとっても甘くてジューシーだった。 「この中で一番美味しい!」と全部の料理を差し置いて私がそう言うと、「俺もそう思う」と兄が言った。 58になる叔父と少し話をして、「会社行きたくないなら早期退職すればいいじゃん!」と言ったら「そう言ってくれる人はあんまりおらんだ」と言っていた。 色々な事情はあれど、経済面だけクリアならばしたいようにすれば良いと私は思う。 みんな年をとっていく。 私も年をとっていく。 涙は止んで、眠たくなった。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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