ルンバくんがやってきた。
なかなかに愉快なやつだ。 ごつんごつんと自らの体当たりで進んでいく。 玄関の段差は察知して落ちないようにできるし、倒されては困るものがある場所にはルンバに付属のルンバくん避けを置くとそれ以上は近寄れない。 しかしながら、ルンバくんに後を頼んでお出かけから戻ってくると、ルンバくんの定位置にルンバくんがいない。 少し探してみると、隣の部屋で憔悴したルンバくんが意識を失って横たわっている。 僕ははてどうしたもんかと沈思黙考した後、そのまま寝てしまったようにも見える。 ルンバくんはひとりで部屋と部屋を行き来できるのだが、行った先で自ら扉を閉めてしまってそのまま事切れたのだった。 しかも、意図的に取らずにおいた大きな埃はそのままになっているのは、ルンバくん、職務不履行で追い出されても文句は言えまい。 ルンバくんを抱き上げて異常がないか確認し、扉を開けて、もう一度出発の背中を押す。 お腹が空きすぎているわけではなかったらしく、ルンバくんは再びブラシを回転させながら埃を吸い込み始めた。 ルンバくんは埃をもりもり食べながら躍進していくように見えるので、埃はルンバくんのエネルギーのように見えるが、ルンバくんにとってお腹を満たすものは電気である。 お掃除が終わったとルンバくんが判断すると、あるいはエネルギー切れを自分で認識すると、ルンバくんはご飯のあるお家に自ら帰ってゆく。 車の車庫入れのように周りをうろうろと見渡しながら、向きを変えてバックで自らの頭なのかお尻なのかをガチャンとはめ込む。 この家の住人としてはかえるくんよりも先人となるわけだが、かえるくんと仲良くなれるだろうか。 普段書いてSNSにアップしている書のひとつを欲しいと言ってくださった方がいて、はがきサイズの小さなものだったので早速郵便で送る。 「売り物であればお金を支払いますので」と仰って下さったが、裏打ちも表装の必要もないし、同士の方なのでお譲りすることにする。 普段書いているものはしばらく保管しておいて、数か月を経て見直し、それでも残しておきたいと思うものだけ残すようにしている。 ご所望いただいた作品を2か月ぶりくらいに見たが、確かに取っておいても良いものかなと思えるものだった。 我が身から出た錆なのか何かの原石なのかただの軌跡なのか、ひと欠片ほどの愛おしさを含有したものを手放すのはやや惜しいものなのだが、他人様が切に欲しいと言ってくれるものを我が手元に残しておく意味もあるまい。 ほったらかしにしてあった作品に、また少しの物語を含ませてポストに投函する。 それにしてもゴールデンウィークというのにさっぱりとゴールデン感のない天気が続いている。 からりと濃い青空で、暑い夏を思わせるのが、毎年のゴールデンウィークのように思うのだが。 雨奇晴好という言葉があって、蘇軾「飲湖上初晴後雨」の「水光瀲灔(れんえん)として晴れて方(まさ)に好し、山色空濛(くうもう)として雨も亦(また)奇なり」から来ているらしいのだが、晴れの日も雨の日もどちらも趣があって良い、という意味だ。 このような四字熟語を用いなくとも、日常的に「曇りや雨の日も晴れの日と同じくらい良いものである」といった発言を聞くことがしばしばある。 勿論一理あるのだが、私としてはやはり晴れの日の方がもう俄然好きである。 と、最近は言うようになった。 何というか、雨奇晴好を前面に押し出した発言というのは、多くの場合、「本当は晴れの日の方が好きだが、雨の日に沈んでしまう心を何とか持ち堪えさせよう」といったある種の盲目さを感じるし、少なくとも「晴れの日と同じくらい好き」というのに嘘が含まれているように思ってしまうのは私だけだろうか。 「私は落ち込んでいない、私はいつだって私のありようで良い気分を保てる、ひいては私は今良い気分である」と暗示をかけているように見えるのだ。 言わば自分自身の思考に対するライフハックの発動のような。 無論、雨の日の方が俄然好きだと言い切れる人もいるだろうけれども。 かくいう私も、ついこの間までどちらかと言えば雨奇晴好の考えを採用していたように思う。 確かに考え方ひとつで己の気分が好転するのであれば、それはそれでとても価値のあることだろう。 しかしながら、心の奥底、身体の髄で、本当はそれを疎ましく思う気持ちに蓋をしていることは微量の毒素を知らず知らずのうちに溜めこんでしまうようなものではないだろうか。 いつだって自分の“本心”さえ知り難く、何が最適解なのかを判断することは至難であるが、出来るだけ“本心”と整合性の取れた理解を自分自身に向けたいものである。 己の身体の反応を俯瞰して観察する、その繰り返しで私の時間は進んでいるのだろう。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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