今回のブログに掲載している書は全て「凛」という字である。
先日急逝した方が管理人を務めていたFacebookの書の集まりで、創立記念日に毎年書かれる文字である。 私は書作品を書くとき、依頼書でなければ、なるべく気持ちを乗せないように書くことにしている。 と言うのも、例えば「楽」という文字を書くときに「楽しい気持ち」みたいなイメージで書くとどこかで見たことがあるようなものが出来かねない。 私はほんの少しでも良いからまだ見ぬ書が見てみたいので、そのような書き方ではだめだ。 逆に「イメージを裏切ってやろう」という狙いも品のないものになる可能性が高いので、それもだめだ。 まあでも、言葉は意味を持つものであり、どうしてもその言葉に引っ張られた感じになってしまうし、いかようにもその文字を書いている以上その意味を鑑賞者の方も感じてしまうのは当然のことである。 なので、できればすべてを手放して、その文字の造形のみを紙面に書きつけ、まだ見ぬ作品にする。 そのために日々、気持ちを書に乗せない訓練をしているというわけである。 しかしながらこの日の「凛」は「凛」という文字の意味ではなく、背景の思い出に引っ張られてしまったなあと思う。 思い出とともに6作の「凛」を、もう届かない「凛」を、管理人を想って宙に放り投げた。 きっと天国で見ていてくださる、と考えることは確かに生きている人間は慰むのかもしれない。 このグループには管理人の女性がもう一人いて、先日その方とメッセージのやり取りをした。 10年間晴れの日も雨の日も旅行の日も病気の日も、一日も欠かさず書を投稿してきた彼女の書が投稿されていないと気付いたからだ。 独特な柔らかさと存在感のある書が掲示板に現れないのは、いつもよりも薄めのお味噌汁みたいな気がした。 「休憩中ですか?」と聞くと、「管理人はやっているけれど、投稿はやめたのよ」と返ってきた。 彼女とは直接お会いしたこともあるし、これまでに四方山話をたくさんしたことがあるということもあり、私は即座に、なるほど、と思った。 10年間一日も欠かさなかったことを止める、それはなかなか勇気の要ることである。 しかもその一日も欠かさなかったことは、特段やるべきことでもなく、自分の意思のみで続けてきたことだ。 もはや、習慣であり執念であり執着である。 私はグループに参加して5,6年の間、数日は書いていない日がある。 数年間の投稿が途切れたのは帝王切開の手術のときだった。 あの日も、無理をして夫に紙を持ってもらえば手は動いたわけだから書けたなと少し後悔している。 あとの3,4日は、昨年夫の父親が亡くなった騒動のとき。 あのときも無理をすれば書けないことはなかっただろうけど、息子の世話も相まって気持ちが失せていた。 一日空けることだけでもどこか不安な気がするし、何かに負けた気がした。 一日空けると、まあもう何日休んでも一緒かななんて気分にもなる。 しかし何日もさぼるともう出さなくなりそうだなとも思う。 続けることは良いことである、継続は力なり。 これはもう本当に身に染みてその通りであり、長年継続してきたことによってさまざまに波及してたくさんの良いことを享受しうる。 継続すること自体への誇りさえ生まれてくる。 一方でそれに囚われすぎて、無自覚で悠長な囚人にもなりかねない。 これをやっているから安心、これをやっているから充実している、これをやっているから他のことはやらなくても良い、これをやっているから日々新しい、そんな風に思い込んでしまう。 最初は意思をもって能動的にやっていたことも、だんだんとやっていること自体にやらされることになってしまう。 結局自分は何のために何をするのか。 全ての選択権を携えて、一々にそれを行使することを忘れてはならないと思う。 何にもしない、流される、という選択権を行使するとしても。 彼女が止めた最も大きな理由は、「自分の言葉でないことを書くことへの違和感が膨らんだ」ことと言っていた。 種々様々な理由が積み重なったうちのひとつが明文化されただけだとも思うが、それも納得である。 私がまだ止めない理由は、「書のバリエーションを身に着けるのに役立ちそう」だから。 でもいつか止めるのかもしれないなと、思う。 続ける理由も、止める理由も、別になんだって良いのだけれど。 自分で選んで自分で行動している、そんな当たり前のことに快感を覚えることがある。 全てが自分の選択である、と言えばそうなのであるが、ただの反射ではないかと思うことも多い中で、自らの意思選択を自覚的に行使できたという実感、たぶんそれが”生きている実感”のようなものなのかもしれない。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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