先日けいこが来たとき、彼女は近所のスーパーでやりいかを買ってきた。
「あんたらが東京に来て初めて魚介を買おうと思えたスーパー」というのが現住まいの最寄りのスーパーであることは、私のひとつの誇りである。 所謂、激安スーパーでもなければ、高級スーパーでもない。 ちょうど良いスーパーである。 私は魚介類をそれほど好んで食べないので、新鮮な魚介が手に入らなくて難儀したことは一度もない。 しかし、けいこがそう言うならと思って、鯖や秋刀魚や石持や鰯や鮭などの内臓処理済みの焼くだけの魚を買うようになった。 魚はシーチキンやオイルサーディンなどの缶詰か、ごく稀に刺身を買う程度だったので、焼き魚がメニューに加わることで食卓は少しだけれど確実な豊かさを得た。 しかしながら、イカやタコや貝ものにはなかなか手が出なかった。 私の中でどう調理すればよいのか、漠然と扱いが難しいイメージがあったからだ。 やわやわつるつるして弾力のある身に素手で触るのも何だか怖い気がしていた。 やりいかも鮮魚コーナーでさばいて輪っか状になったものも売られているが、けいこによればイカは自分でさばいた方が美味しいとのこと。 けいこが買ってきた日には、けいこにさばいてもらった。 内臓をずるずると引き出して、透き通った剣のような筋?を取って、それらを新聞紙に丸めて捨る。 あとは適当に切って、油で炒めて醤油を少し。 なんとまあ美味しいことでしょう。 このときのやりいかの美味しさが忘れられず、度々やりいかを買うことになった。 内臓を出すのも、剣を抜くのも、毎度ひいいとなりながらやっているけれども。 私は新しい食材や新しい調理法など、料理に関して、本当に食指が動かない。 だからメニューも毎度おなじみにもほどがある。 しかし私のマイメニュー化のハードルはなかなか高く、マイメニューとなりうるものがとても少ない。 簡単に手に入って、簡単に調理出来て、比較的安価であって、美味しい。 こういったものが日常家庭料理というものだろう。 私の言う「簡単」というのは、おそらく世間の「簡単」よりもずっと「簡単」だと思う。 私は料理家の土井善晴さんが好きだが、あの料理は簡素であると見せかけて、実に工夫に満ちあふれた創造的なものである。 あぁ、料理を愛している人の料理を食べたい。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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