変な時間に寝てしまって、変な時間に目が覚めてしまった。
寝た変な時間、とは23時で、目が覚めた変な時間、とは5時である。 テレビも電気も点けっぱなしで、座椅子を倒して電気ひざ掛けをかぶったまま6時間も寝てしまったのか。 最近朝方生活をしていることが多い。 こんなとき、私はどこに向けたら良いかわからない、罪のような罪でないような罪滅ぼしで片づけに精を出すことが多い。 化粧を落として歯を磨いてコンタクトを外して、シンクの山盛りの食器を洗い、いくつもの花瓶の水を換え、いくつもの鉢植えに水をやり、冷蔵庫の期限の危うい食材をとりあえず鍋に放り込んで煮て、きのこ類を切って冷凍し、コーヒーを瓶に詰め替え、レシートを然るべき場所に保管し。 ギターの弦を張り替える人なら、ここでギターの弦でも張り替えるのかもしれない。 マニキュアを塗り直したかったけれど、その後の作業が憚られるのでやめた。 やさしいものが飲みたいと、久しぶりにコーン茶を淹れる。 コーン茶は、コーヒーや紅茶や緑茶やミントティーのように刺激が少なくて、甜茶のように甘くはなくて、やさしく香ばしくてやさしく甘い、そして美味しい。 麦茶やそば茶やあずき茶にも少し似ている。 我慢かと思うような苦いコーヒーとか痺れるほどに辛い料理とか喉が焼けるように甘いチョコレートとか、以前はすごく好きで、自らそれらに頻繁に向かっていた。 今も好きだし、たまには食べたいと思うけれど、頻度はものすごく少なくなった。 コーヒーはアメリカンを選ぶことも多いし、かつては絶対にストレートで飲んでいた紅茶は最近はもっぱらミルクティーにすることが多い。 痺れる辛さの料理を食べると、私としたことが何ならお腹の調子が悪くなるくらいである。 食べ物における刺激はあまり必要ではないらしい。 結局のところ、素材の味が活きたものが好きだし、おそらく元々が割に薄味志向なのだ。 我慢かと思うような苦いコーヒーとか痺れるほどに辛い料理とか喉が焼けるように甘いチョコレートを頻繁に好んでいた頃、私がコーン茶と出会っていたらどう思っただろう。 薄くて味気ない、間延びしている、などと思ったのかもしれない。 薄いということと味が間延びしているということはほとんど近しいこともあって、薄めで間延びしていないところを射抜いているものが好きだけれど、それはなかなか難しい。 そもそも刺激の少ないコーン茶において言えば、薄めのコーン茶は全然ダメで、濃いめのコーン茶が美味しい。 料理も、砂糖や油分やニンニクや唐辛子に頼り過ぎずに、ぴたり、としてほしい。 しかし、薄味すぎるのは本当にとても残念な気持ちになるし、ならば濃い方が良いとも思う。 まあこれは、単なるわがままを追求したい、ということになる。 仕事中、突然iPhoneの画面が映らなくなってしまった。 着信もできるし、ホームボタンも機能しているようだから、単純に画面だけが映らないという症状。 電源を落として再起動しようにも、電源オフの画面操作ができないので電源が落とせない。 電子機器の不具合がよく起こる私はまたかと思いながら、この後に起きるかもしれない多大な面倒のことを想像して気が滅入った。 こんなとき、auショップに持って行ってもアップルに行ってくださいと言われることは学習済みで、偶然にも銀座のアップルショップの近くにいたので持っていくことにする。 一緒にいた生徒さんが私の方向音痴を心配して、ご自分のスマートフォンで道順を分かりやすく紙に書いてくださった。 それにしても、対処法を調べるにも、誰かに聞くにも、地図を見るにも、全てスマートフォンでやっているわけで、本当にこれがないとやることが何もない。 道すがら、音楽を聴くこともできない。 幸い、後の予定はまあ行かなくても問題は起こらない予定だったので良かったものの、直後にレッスンが入っていたとしたらかなり焦ったであろう。 地図を書いてもらったのに、なぜか易々とアップルショップを通り越してしまって、どこだろうどこだろうと思いながら銀座の中央通りを1丁目から8丁目まで歩いてしまう。 そんな自分にうんざりしながら引き返し、なぜ見過ごすかわからない大きなアップルショップをようやく見つけて、店内で1時間待ちと言われる。 暇つぶしのiPhoneもないわけだから、うつらうつらしながら待って、順番が来て見てもらうと強制再起動であっけなく元通りに画面が映った。 強制再起動、とは、電源ボタンとホームボタンを長押しすること。 このことは知っていたような、知らなかったような、でももしかすると初期化されるかもと思ってそれは試さなかった。 今回は事なきを得たにしても、バックアップもきちんとしていないので、また落としたり洗ったりするかもしれないから、本当にきちんとしておいた方が良さそうだ。 予定が狂って時間が空いたので、その足で日本橋まで歩き、高島屋でやっているピカソ展に行く。 字心がそれなりにあっても、絵心はさっぱりな私だけれど、ピカソは好きだ。 画集もいくつか持っている。 絵画だけでなく、絵皿や水差しなどもたくさんあって、この絵皿が欲しい!と思ったけれど、売店にあったレプリカは全然良くなかった。 ポストカードやポスターなども、実物を見た印象と近いものと遠いものがあって、今回の展示で良かった「読書する女の頭部」はポストカードがいまいちで、「接吻」は物自体がなかった。 高島屋で買い物をすることなどほとんどないけれど、せっかくなので見て回る。 なんだかんだ食器やらリネンやらインテリア雑貨が好きなので、デパートはとても楽しめる。 そういえばと友人への誕生日プレゼントを買う。 今までと全然趣の違うプレゼントを選んだけれど、きっと喜んでくれるし、結構楽しんでくれるだろうと思う。 帰宅後、部屋の壁に貼ってあった若冲さんのトラのポスターを取って、ピカソとマティスのポストカードに変える。 彫刻の森美術館のピカソ館にとても行きたくなった。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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