はとバスに乗った。
はとバス、というと、旅行会社のがちがちのプランに沿って、至極丁寧なガイドの下、全員でトイレに行き、全員でブドウを狩り、全員で小さなプラスチックカップに入ったワインを3杯試飲する、そんなイメージがあった。 日本の観光バス、観光ツアーというのは、概ねそのようなもので、もちろん先に決済を済ませてしまいさえすれば安心安全の旅なのだと思うけれど、何となく自立心が無いように思えて敬遠していたものだ。 しかし、車や電車が好きな息子とのお出かけ先には良いのではないかと思い立ち、少し前からはとバスのサイトを覗くようになっていた。 東京タワー、浅草、銀座、レインボーブリッジなど、東京をぐるっと1周、1時間のプランがいくつか載っていてこれなら行けそうと思っていた。 息子に「はとバス乗りに行こうか」と言うと、まだ覚束ない会話力だが何だか正しく通じたようで、はとバスのミニカーを持って揚々とした。 ちなみに、はとバスのおもちゃは、各メーカーが出していて、4cmほどの小さいものから30cmほどの大きいものまで5種類くらいある。 息子は、小さいサイズのを2つ持っていて、その一つはエンジン音やクラクションが鳴る。 現在は近距離コースは東京駅からしか発着がない。 東京駅に向かう道中でインターネット予約を試みるが、なかなか席が取れない。 結構人気があるようで、一番近い発車時刻のものから次々埋まっていってしまうようだ。 そんなに混んでいるのかと少し気を揉んだが、ここまで来てやめるわけにもいかない。 電話も混雑していて5分くらい待ってようやくつながった。 1時間半後の12時の回で予約が取れるとのこと。 何とかかんとか、時間を潰す。 生きている時間は貴重なものなはずなのに、「時間を潰す」という行為はいかがなものかなどと色々思うが、その思考の隙間に息子は駆け出してしまうので、思考も散り散りである。 近くにはとバスのお土産屋さんがあって、息子は、自分が持っていないサイズのはとバスをしげしげと見つめて、時々こちらを見て微笑んできた。 「今からはとバス乗るから買わないよ」と言うと、頑としてそこから動くものか、という態度を見せた。 ゆるゆるな親なので買ってしまうことも多いが、発車時刻が近づいたので、なだめすかしてその場を離れた。 はとバスは確かに混雑していた。 ほぼ満席。 ちなみに、乗車前に1階席だったらどうしようと心配になったが、1階席はなくすべてが二階席だった。 大人2000円、幼児は席が必要な場合は500円。 念のため息子の席も確保しておいた。 私と息子が2人並びで座り、夫は前の席に座った。 これがまたなんとハズレな席だったことか。 私の前は別の男性が座っており、子どもを煙たがるタイプの人だったのだ。 息子ははとバスに乗った興奮から、席を立とうとしたり、備え付けのうちわをばたばたやったり、ドリンクホルダーをがちゃがちゃやったりした。 もちろん良い事とは思わないけれど、前の男性はちらちらとこちらを鬱陶しそうに見てきた。 私は何とか息子を制止しないととも思ったが、あまり制止すると逆効果なことも多いので、私が許容範囲と思えることはさせていた。 すると男性は私に向かって、何かを言ってきた。 車の音と風の音で全く何を言っているか分からなかったけれど、おそらく文句だろう。 私はやるせない気持ちになった。 と同時に、それは1時間の乗車時間のうちの出発10分後ほどのことだったので、一気に心が萎れてしまった。 せっかく息子と楽しもうと思っていたのに。 そこまで酷く騒がしかったり迷惑をかけていたわけではないと思うので、これでだめだと言うならもう下ろしてくれ、と思った。 もちろんそれもできないので、やむなく息子には普段渡さない私のiPhoneを渡した。 もちろん息子はそれに夢中になっておとなしくなったのだが、私は涙が出そうだった。 息子の足が前の席に当たらないように気にしながら、悶々とした私を乗せて、はとバスは走っていった。 オープンカーのはとバスは、高速道路では風がびゅーびゅー吹いたし、レインボーブリッジはとても解放的だった。 でも、全然楽しくなかった、悲しかった。 息子はほどなくして寝てしまった。 まあでも、はとバスはまだ早かったのかもしれない。 そもそも子どもが車窓を楽しめるようになるのは、かなり年長になってからのように思う。 大人は、ビルの隙間から東京タワーが見えることを楽しめるけれど、幼い子どもはビルの隙間から見なくても良いじゃん、何ならよく見える場所に停まって見れば良いじゃないか、と思うのだと思う。 レインボーブリッジもまだよく分からないし、ましてやかつての法務省の建物と言われたところで、それを眺めるはずもない。 それでも、起きたときには「はとバス乗ったねえ」と言っていたので、はとバスに乗ったという事実は楽しかったのだと思う。 私は楽しめないながらも、やはり二重橋あたりの皇居周りの松の木のエリアに感動していた。 あんなに青々と整って輝く芝生を観たことがない。 昔からあのあたりが都会の凄みを感じられて好きなのである。 色々思うところはあったけれど、でも行ってみないと分からないことだし、たまには嫌な思いもするものだ。 曇りではあったが、日差しと強風を浴びて、身体は運動会に参加したかのようにとても疲れていた。
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勿忘草
無論書道のこと、否応なく育児のこと、などの雑記です。文字自体も好きですが、文を書くのも好きです。 カテゴリアーカイブズ
3月 2024
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